2004.11.14
2004.09.26
大連2日目
市街を探索
明日の早朝には飛行機に乗って成田へ,というわけでこの旅行の実質的最終日.昨夜知り合った現地人のWさんとHさんには昼頃に電話で連絡することにしていたので,それまでの市街中心部をたらたらと散歩することに.まずは,S氏と二人で昨日行ったでかい本屋に.行ってみると,入り口近くにステージが設けられていて,なにやらイベント.浴衣のような服をきて花笠音頭で使う笠みたいなのをもった小さい女の子が数人ステージの上で音楽に合わせて踊っている.中秋のお祭りに合わせたイベントなんだろうけど,なぜ日式? やはりいまの中国都市部では日式がちょっとした「おしゃれ感」を醸し出してるのだろうか.ステージの前にはお父さんお母さんらしき人々がカメラを持って殺到.というわけで私も変質者と間違えられることなく撮影できました.
本屋に入ってちょっと物色.「中国ならでは」のものを,と思ったけれども字が読めないんだからふつうの本を買っていっても仕方がない.武術関連のところにいってみると,さすがにいろんな本がおいてある.太極拳と八卦掌関連が多かった.ほかには長拳とか形意拳とか蟷螂拳とか.熱心に立ち読みしている若いお兄さんがいたのが印象的.武術コーナーの次に地図売り場へ.東北三省やこれまでに訪れた都市の地図がないかと探したのだけどなかなか良いのがない.とりあえず遼寧省と吉林省の地図と大連の観光ガイド本を買ってみる.
本屋を出て,S氏と別れてさらに散歩.ここで約束の時間に近くなったのでWさんたちに電話して,13時に大連賓館で落ち合うことに決める.偶然S氏と遭遇したのでその旨告げると,じゃあそれまでにホテルに戻ることにしてそれまでめいめいに歩きましょうということに.私は天津街を抜けて勝利広場を経由して大連駅まで行ってみることに.
天津街は日曜だからなのかたくさんの露店が開いている.パチモンもそうでないものもそれなりに安いので何か買ってみたくなるのだけれども,よく考えると必要ないものがほとんどで,買った後のことを想像すると手が進まない.とりあえずやり過ごして,駅方面へ.
勝利広場は夜見るのと昼見るのとではだいぶ印象がちがう.大量に浮かんでいるアドバルーンと背後にそびえ立つ高層ビル群.どうってことのない休日の商業地区ではあるのだけれども,このいかにもな中国っぷりはいったいなんだ.サンフランシスコのユニオンスクエアみたいな位置関係のような気もするが,だいぶ印象はちがう.まぁ,たとえに無理があるか.
大連駅の駅舎は確かに上野駅っぽさがある.なかには入らなかったものの,外観は2年前くらいに改装する前のあの感じに近いか.でも,私の上野駅にたいする最初の印象はえらく天井の高いあのホールと常磐線あたりのプラットフォームがずらっと並ぶ様子であったので,それと比較するために中を見にいっとくべきだったかもといまごろ少し後悔.駅前にはかなりでかい駐車場があり,たくさんの車が並んでいる.タクシーとバスがほとんど.脇のほうに行ってみると,路線バスやタクシーが客待ちしている.路線バスは2両が連結されていて,架線から電力を取り入れる竿がのびている.サンフランシスコで見たミュニバスみたいな感じ.電化されているのに少し驚いた.タクシーはもちろん普通のセダンのもたくさんいるけれども,それ以外に屋根付きバイクのような三輪タクシーも.東南アジアで活躍しているテュクテュクを多少立派にしたような感じか.荷物を持っていなければ二人くらいの客を乗せられるようだ.値段はよく見なかったけど.確かに大連のタクシーは初乗りが少し割高なので,こういうのも需要があるのだろうな,と納得.
駅を離れて,少し西のほうへ.まず駅の近くのCD屋に.KiroroをカバーしたRene Lau(刘若英)の曲がこれまであちこちでかかっていたので,それを買うことに.でも曲の名前も歌手の名前もわからなかったので,店員さんをつかまえて「♪ほ~ら~,あしもとをみ~てごらん」と唄ってみる.「あ~,はいはい」ってな感じでCDを出してくれた.店員さんはそのあと「どこから来たの?」と聞くので,「日本からだよ」って答えると女子十二楽房も買わないかと勧めてくれたのだけど,それはご遠慮申し上げて,Rene Lauだけ買って店を出た.露店じゃなくてちゃんと店を構えているし,プラスチックケースに入ってるし,ジャケットにはぴかぴか光るシールも貼ってあったので,ホンモノかと思って買ったのだけど,あとで開けてみたら(当然?)パチモンでした.帰国してからインターネットで調べてみたけど,こんなジャケ写で,こんなタイトルのアルバムなんて見あたらない.どうも2枚くらいのアルバムをまとめてしまったものようだ.単なる「コピー」じゃないのね,とちょっと感心.CD屋をでてから商店がたくさん軒を連ねている通りへ.どっちかっていうと(というか明らかに)庶民向けの商店街.たくさんの露店.妙に靴の修理屋が多いのはなぜだろう.舗装されていない道路.きれいに整備されたところからほんの少し離れるだけで,通りの様子がだいぶ変わる.このあたりが大連の特徴みたい.観光客や外国人が訪れそうなところはお金をかけてきれいに人工的な美しさを作り出すのだけど,そうでないところはほっといたまま.でも私が見てておもしろいと感じるのはむしろこっちのほうなんだけど.ただし,見事に地元の庶民の皆さんだらけなので,小心者の私はお買い物をしたり大胆に写真を撮ったりはしにくい.それでも何枚か撮ったけど.友好広場へ向かって少し歩く.
友好広場の巨大なゴルフボール(?)は何度見ても違和感がある.夜になるとライトアップされるのでなおさら.その異様なボールに至る途中で,乞食の男の子に出くわす.10歳にならないくらいの年齢か.無視して通り過ぎようとするのだけど,行く手を遮るように立ちふさがる.けっこうしつこい.しょうがないので,5角貨幣を缶に入れてやるとやっと解放してくれた.少年は道の脇にいるおっさんのほうに走っていった.きっと父親なのだろう.そんでもってそのおっさんが,カメラを持ってる一見して旅行者っぽい私に「あいつからもらってこい.ぜったい行けるから」なんてことを言ったのだろうな.まぁいい.
なんてことをしつつ中山広場まで戻ってきた.約束の時間まですこし間があるのでとりあえず部屋に戻ってみる.
外国語学院と云南米线
部屋に戻ってみるとS氏はいない.WさんとHさんとはホテルのロビーで13時に,ってことだったので,5分ほど前にロビーに出てみる.しばらくするとWさんとHさんが入ってきた.挨拶をしてS氏を待つことに.二人はすぐ近くに住んでるのだが大連賓館の建物に入るのは初めてらしい.まぁふつう用事はないわな.日本語で歴史を説明した看板を興味深そうに読んでいる.そうこうしてるとS氏がやってきた.「迷った」とのこと.迷うなよ.
S氏が荷物を部屋に置いてきてから,4人で出発した.中山広場から南のほうの山に向かって伸びる延安路を歩いていく.中山広場付近はかなり都会的なのだけど,ちょっと歩くだけでだいぶ雰囲気が変わる.住宅街.途中で刺青屋を発見.欧米では流行ってるみたいだけど,中国にもあるのか.だって中国で刺青って言えば罪人の証として使われていたんじゃないの? WさんとHさんが言うには,まぁほんものをファッションとして入れてる人もいるけどたいていはシールだ,とのこと.
歩いていくとなんだか学生街の雰囲気に.歩いている人も若い人が多い.そして大連外国語学院の前に到着.傾斜地に建っている.大連の市街地はこの東の方向に伸びる小さな半島の北の部分にあるのだけど,南側半分はほとんど山.そして外国語学院はちょうど山が始まるあたりに建っている.だけど,まずはお昼ご飯をしようということに.WさんとHさんのおすすめのお店に連れて行ってくれるとのこと.期待してついていく.外国語学院の正門の前で左折して学校の東側の坂道を登る.いかにも学生街的な飲食店が多い.どういうところに行くのだろうと思っていると,ちょっと裏道へ.連れて行かれたのは雲南料理屋.「ここが安くておいしい.でもいつも込んでる」.たしかに繁盛している.若い客ばかりで狭い店内はいっぱいだ.元気のいいおばちゃんの店員さんが仕切っているのは日本といっしょ.しばらくすると,店内の奥の方に案内された.空いてる席はないので,ちょっと待ってろ,と.でもこうして我々が待ってると「早く出てけ」ってプレッシャーになっちゃうのでは,とS氏と話す.プレッシャーをみんな感じないのか,プレッシャーをかけるのが常識なのか.見ると多くの人が土鍋から麺類を食べている.なんかいい匂いで食欲が刺激される.数分待つと,4人がけの席を空けてもらえた.Wさんが店にはいるときに注文しておいてくれたらしく,すわると程なく土鍋が二つ運ばれてきた.かなり熱そう.片方は牛肉と青梗菜ともやし,もうかたほうは羊肉と高菜が入ってるとのこと.白い麺が運ばれてきた.これをスープのなかにぶち込んでそこから具と一緒にすくって食べるのだ.花胡椒を少し加えて食べる.うまい.この旅行で一番かも.汗が出る.出しがいい味だ.「これは米の麺なの?」と聞くと「米です.でも麺じゃなくて线(=線)」だと.米の麺以外に豆腐の麺もいっしょに入れて食べる.こちらもうまい.この旅行の最初の晩に長春で四川火鍋の店に入ったけど,そこでも豆腐の麺を鍋に入れて煮て食べた.この煮ても炒めても食べやすい.日本でも売ればいいのに.この豆腐の麺はHさんの故郷の錦州の名物らしい.料理の名前は「云南过桥米线(雲南過橋米線)」と「酸菜排骨米线」.これは日本人の口にも合うし,昨今のアジアブームともマッチするので,ぜひ日本でも食べられるようにしてほしいものだ.店を出ようとするとWさんが「もう払いは済ませてある」という.いやいやそんなわけにはいきませんよ.案内してもらうんだし,いい店に連れてきてもらったんだし.旅行前に中国語会話の本を見ていて「ここは私におごらせてください」なんて書いてあって,「こんなのぜったいつかわねーよなー」と言っていたんだけど,使うことに.「請客」.Wさんは「ははは」と笑って「昨日の晩ごちそうになったのでここは出させてくれ」と.そう言われてはしかたがない.というわけであのメチャウマ雲南料理はいくらしたのかわからずじまい.店を出て通りを歩いているともう一軒雲南料理の店が.「ここにもあるんだけど,さっきの店のほうがずっと安くておいしいんです」.なるほど,客の入りがぜんぜんちがう.
大学の南側(山の上側)の門から入ろうと,坂道を歩いていると,例によって露店が並んでいる.パチモンのCDやDVD,本.そしてポスターやカレンダーを置いてある店も.ここにも韓流.いや「韓流」という言葉は中国産だし,むしろ韓流の発祥の地か.ペ・ヨンジュンやウォンビンやチャンドンゴンといういかにもな韓流スターのポスターやカードが並べてある.するとHさんが自分のパスケースのペ・ヨンジュンのカードを見せてくれた.おお.まさに韓流.韓国発の文化で中国と日本の共通点を見るという奇妙な経験.
外国語学院の門の近くまで来ると,学校付属のホテルがあった.さすがに外国文化専門の学校だけあって外国からの人のための施設もある.門を入ってみると,最初にあったのは寮だった.中国の大学は基本的に全寮制.ここの大学もそうらしい.留学生もたくさんいるようだ.寮の入り口にスポーツ大会や勉強会のチラシが貼ってあった.当たり前だがいかにも大学っぽい.敷地の中の坂道を少し下っていくと,学生食堂が.これだけ食べ物を大事にする国なのだから学食といえどうまいもの出すのだろうなあ,と思ったが,さっき昼食をとったばかりなので中は見ないでスキップ.今思えば,ちょっとのぞくぐらいしても良かったな,と.さらに下ると,図書館.入ってみると図書目録カードが.Wさんが言うにはこの大学の日本語学科は中国でいちばんなのだとか.目録カードを眺めてみてもいろいろな本が入っている.ベストセラーの文芸書から中学生の数学の教科書などなど.日本の大学図書館なら入っていないだろう本が多いので当たり前だとは思いつつも「へぇ~」.閲覧室をのぞいてみると,満席.みんな勉強してる.日曜なんですけど.このパワーがいまの中国の発展を支えているのだろうなと感心.ほんとによく勉強しているっぽい.図書館を出ると,きれいなでっかい花壇が.花の配色がいかにも中国的なのがおもしろい.その行き届いた整然さも.脇には運動場.地面を塗り替える工事中.WさんとHさんは「ちいさい大学」だと言うが,なかなかどうして,市街地のすぐ近くなのに優雅に庭や運動場があるなんて日本じゃなかなかできません.と様々に感想をもちつつ大学を後にする.
ここでS氏が無理なお願いを.「二人が住んでるところを見せてもらえないでしょうか?」.まじっすか? 若い女性のお部屋ですよ.「いや,なかまで見せてくださらなくてもいいので,どんな感じの建物かとか,ドアの前まででいいから」.なかなか大胆なお願いです.「私たち二人だけで住んでるわけじゃないので,中まではちょっと…」.「うん.ドアの前まででいいので」.「じゃぁ,それなら」.ということに.すごいな,S氏.言ってみるものだな.というわけで,外語学院からほどちかいところにある二人の住んでいるアパートまで行くことに.けっこう年の経った趣のある建物.私とS氏が学生のときに一時期住んでいた学生寮と雰囲気が似ている.さすがに中国なので「福」の字を逆さにした紙が各部屋の玄関ドアに貼ってあったりする.廊下でウサギを飼ってたりす.彼女たちが住んでいる部屋の前まで来るとWさんが,中に入ってごそごそとしている.「ほかのひとがいないみたいなのでどうぞ」.なんと,あげてもらえることに.話を聞くと,WさんとHさんはほかの4人と計6人でこの部屋を借りているらしい.3DKと言った感じの間取り.そして二人が言うにはこの建物はどうも日式のようだ.満州時代からあるのか.すげー.なるほど玄関に土間があって,一段上がったところが板の間になっている.私とS氏にとってはこういう構造になっていると板の間に土足であがるのに抵抗があるのですが.とりあえず導かれるままに二人の部屋に.大きいわけではないが,若い女の子らしくこざっぱりと整然としてある.押入を改造したところが二人のベッドになっていた.「ドラえもんだ」とS氏が言うと「ははは.そうなんです」.二人もさっき図書館で見た学生さんたちと同様よく勉強しているらしく,本棚は日本語の教科書や問題集がたくさん.見てみるとなかなか難しい.さすがに1級はたいへんなようだ.擬態語なんてなかなかわかんねーだろうなー.外来語も困るよね.教科書をみて私とS氏が感心しているとWさんがブドウを洗って持ってきてくれた.食べてみるとなかなかうまい.果物が安いのはいいことだ.日本のは高すぎる.その高すぎる果物を超高級品として中国に輸出しようというニュースを最近読んだけど,それはまた別の話.教科書のリスニングの問題を読み上げてみる.私が読むのは速すぎたようだけど二人ともちゃんと答えられる.それでも受かるのは難しいというのだからたいへんなものだ.さっきRene LauのCDを買ってきたという話をすると(その時点ではRene Lauという名前はわかってなかったのだが),Hさんは「私も持ってます」とカセットテープを見せてくれた.そうかカセットテープか.久しぶりに見た.そう言えばCD屋にもおいてあったな.HさんはRene Lauだけでなく彼女がカヴァーしているKiroroのカセットも見せてくれた.こういうのを見るとなんだかわからないけど「おもしろい」と感じてしまう.異国で見る故国.しばらく談笑したのちに,おいとますることに.お互いのメールアドレスを交換して,記念写真を撮ってから,また大連に来るときには,日本に来るときにはぜひ会いましょうと.こういう外国人のおともだちって私は初めてなのでちょっと新鮮な気分.中山広場でへたくそな健球してたおかしな日本人二人にここまでよくしてださって二人には感謝の言葉もない.
沃尔玛
17時に星海でMさん夫妻と会うことになっているので,それまでの時間でお買い物をすることに.S氏も私も一般的(っていう言葉がこの国の経済状況でどれだけ意味を持つのかわからないけど)家庭のお買い物感覚を知りたかったので,奥林匹克広場にある沃尔玛に行くことに.「奥林匹克」は「オリンピック」で「沃尔玛」は「ウォルマート」.「可口可乐=コカコーラ」はなかなかだとは思うけど(「可口」は「口に合う」って意味),この二つは音だけの当て字なのであまりおもしろくない.こうしてみると日本語の「五輪」ってのはうまい当て字だと思う.
それはさておき,タクシーで広場に着いてみた我々はとりあえず迷った.巨大な建物があることを期待していたのだけど,あったのは体育場の建物だけで,ほかにはでっかい駐車場があるだけ.しばらくさまよっていると駐車場の一角に入り口に半透明ビニールのすだれがかかった小さな建物を発見.この「半透明ビニールのすだれ」というのは自動ドアの代わりになるものでそれほど高級でないところでいくつか目にする.冷暖房の空気が逃げないようにしてあるのだと思う.んで,この入り口の脇に「WALMART」と書いてある.え?!と驚いたがとりあえず入ってみると,そこには地下へ向かうエスカレータが.降りてみるとでっかい空間が.どうやら駐車場の地下がそのまま沃尔玛なようだ.
入ってみると最初にあったのは食品売り場.殻から取り出した牡蛎を巨大なタライいっぱいに入れて量り売りしてたり,生きたスッポンが水槽で群れをなしていたり.ほかにもたくさんの食材.あふれんばかりの客.ウォルマートではあるのだけど,私の知ってるそれとはだいぶちがう.見まごう事なき「中国」的風景.たしかに安い.ただそれは日本人から見た感覚であって,きっと大連人的金銭感覚からすると少し高級店なんだろうな,と.ここも中秋の月餅が大量においてある.ほかの食材と比べると明らかに高価であるので,店としたら季節モノのいい商材であることが如実にわかる.酒売り場でビールを物色.これまでの旅で中国ビールをすっかり気に入ってしまったので是非買っていきたいと思っていたのだが,たくさん買ったら重いので躊躇していた.でも,明日の朝には帰国する身としては,ここを逃すとこれだけの種類のビールを買う機会はもうないだろうと思い,かなり躊躇.とりあえずほかのものを眺めつつ考えることに.デザインやつくりが「いかにも中国」というものが多々あるのと,週末だからなのかやたらに客がいること以外は(それだけちがえば十分だけど),日本にある大規模ショッピングセンターとそう変わりはない気もする.クッションを発見.かなり鮮やかな朱色.セール価格で40元(約600円)もするので,かなり高級なのだろう.自宅で毎日すわっている無印良品の座椅子のお尻の当たる部分がいいかげんだめになってきていて100円ショップの安いクッションを使ってごまかしているのを思い出す.このクッションがあるとかなりいい感じだなとは思うが,こんなにでかいモノを持って帰るのはいくらなんでも大変なので却下.しかし直後に「カバン買えばいいじゃん」と思い今度はカバン売り場へ.旅行用のトランクなどもいろいろと.値段も作りも安いのはいいが帰国した後でじゃまになるので,布製の巨大な安物カバンにすることに.そう言えば汽車の硬座ではこういうのをもってるひとがたくさんいた.日本には存在しないデザイン.巨大な直方体に肩ひもがついているだけ.20元.たためば小さくなるし捨てても惜しくない価格.電化製品等々を物色してさんざん悩んだあげく,けっきょく20元のカバンと40元のクッションと16元の月餅と缶ビール10缶(!)をご購入.アホみたいな買い物だとの誹りは免れないが,まぁ仕方ない.欲しかったんだもの.沃尔玛店内の麦当労でひと休み.さっそく巨大なカバンに荷物を詰めてみる.当然のようにファスナーが壊れた.品質は折り込み済みなので,あまり気にせずに荷造り終了.貧弱な肩ひもなのでビールの重みがずっしりと肩にかかる.これからひとに会おうとする人間のするべき買い物ではないな,明らかに.
大学巡り
タクシーで星海公園まで行きMさん夫妻と待ち合わせることに.着いてみると私がバカみたいにでかい荷物をもっているので,Mさんのご主人が気を遣ってくれて「それじゃ大変だろうから,うちにおいていこう」と.すみません.ありがとうございます.Mさん夫妻の住んでいる星海地区から西は大学がたくさんある.昨日私とS氏が「大連の大学ってのはどういうのかみたい」と言ったので案内してくれることに.しかし私は到着するまでそれを理解してなくてアホのような大荷物をこしらえてしまうことに.
とりあえずタクシーでいちばん近くにある東北財経大学へ.ついてみるなりびっくり.でかい.巨大な正門.無駄と思えるほどに広い敷地.そして人工的にきっちりと整備された庭.校訓らしきものの書かれた巨大な本の石像.Mさんはここで中国語を習っているとのこと.とりあえず散策してみる.日曜なのに学生がたくさんいる.もう陽も落ちる時間だがバスケットコートはにぎわっていた.街中にあった外国語学院とはまったく様子がちがう.最近になって開発された地区だからなのか非常に人工的な雰囲気がしたのが印象的だった.
財経大学をあとにして,DSP(Dalian Software Park,大连软件园)方面へ.このあたりは大連のシリコンバレーを目指しているらしく,IT関係企業がたくさん入居している.私もいちおうStanfordやサンノゼあたり行ったことはあるので(行っただけ),「なるほど.目指してるのね」という雰囲気はわかる.というぐらい外見はそれっぽい.とくにおどろいたのがneusoftというところ.ちょっとした丘のようなところに半円形を二つ合わせたような巨大な建物.ギリシャの神殿かよ,と言った感じ.もう夜も暮れ始めていて人気もないので,なんかおどろおどろしささえ感じてしまう.Mさんのご主人によると,この会社は国営企業をやめたひとたちが作った会社で,技術者を養成する大学まで自前で持っているらしい.そこにも行ってみたけれど,外国語学院の牧歌的(というほどのんびりはしてなかったが)な雰囲気はまったくなくて,同じ市内なのにここまでちがうのか,と驚いた.
さらに少しだけタクシーに乗って大連理工大学へ.ここは大連でいちばん優秀な大学で歴史もあるらしい.いちばん手近な門から入ってみると,そこは寮のようだった.といっても建物が2,3なんてものじゃなくて,ちょっとした団地以上の規模はある.大学の寮のはずなのに,なぜかお年寄りが連れ添って夕涼みしていたり犬が遊んでいたり.建物も古くて,私とS氏が大学生のときに住んでいたところに似ている気もする.みょうに生活臭があって,neusoftとのちがいは歴然.敷地の中は工事中のところが多い.日曜の夜でも工事中.ここも開発ど真ん中の印象.少しさまよってから入ってきたのとは別の門を出ると,いわゆる学生街っぽい町並み.庶民的な飲食店や屋台.例のごとくのパチモンの本やCDのほかに,果物や串ものなどなど.学生も生活はしやすそうだ.
ほんのいくつかの大学を見ただけだけど,新旧が入り交じり,開発でイケイケ状態の大連そのもの.1年経ったらまったく別の街になっていそうだ.毎日DSPに通っているM氏のご主人が自分の会社からほんの少しのところに知らない間にでかいビルができてるのを見て「え?こんなところにこんなのできたのか!」と言っていたのが印象的だった.
最後の晩餐
大学巡りを終えてからM氏ご夫妻といっしょに晩ご飯.私とS氏の二人では行きそうにない,こぎれいな中華料理のお店.できてから一年も経ってないようで,店内は明るくてきれい.案内されて席に通される.メニューを渡されたので,4人で考える.Mさんのご主人が「じゃあ,みんな1品ずつ頼んでみよう」.とは言え,メニューを見てもなんだかよくわからない.まぁわからないものを頼んだほうがおもしろいので字面を見てそれなりにうまそうな気がするものを注文.期待と不安.まずビール.でも冷えてない.こういうちゃんとした店でも冷えてないのを出すということで,「ほんとは冷えたの飲みたいんだけど,しかたなくぬるいのを飲んでるんだよ」ではなくて「基本はぬるいビールでしょ」という中国の常識が見える.改めて冷たいのに替えてもらう.Mさんはなぜか飲むヨーグルト.それも紙パック.流行ってるらしい.よく見るとよそのテーブルでも飲んでるひとがいる.わけわからん.食べ物に合うのか? ビュッフェ形式の点心もあったので,そちらも少し食べることに.そうこうしているあいだに料理がやってきた.私が頼んだのは「杏なんとか豆なんとか」.蒸したピーナツに杏のジャムのようなものが和えてある.よくわからん.まずくはないがご飯じゃないよなー,って感じ.(これを書いてる時点で一ヶ月以上たってしまったこともあり)よく覚えていないが,Mさんのご主人の選んだのがいちばんまともで「おれのがいちばんヒットだったね」と.挽肉と菜っ葉を炒めたようなもの.でもほんとのいちばんは点心.意外性はないけど安心できるうまさ.けっきょくこの旅行でまともに料理が注文できたのが何回あったのだろうか.まぁそれほどはずれもなかったからいいけど.よく考えると1年以上も大連に住んでいるMさん夫妻もこんな感じなので,まぁ仕方ないよな,と納得することに.だって席に着くなり注文させようとするし,難しい漢字ばかりだし,料理が来た頃には料理の名前なんて覚えてない.これに熟達するのは至難の業かと.
ご飯を食べながらMさん夫妻からいろいろとお話をうかがう.輸入品は為替どおり1元=15円なんだけど,内国産品は1元=100円くらいの金銭感覚.街で4個1元で果物を売ってるひとが輸入品を買ってるとはとても思えない.ということは,輸入品を買う層ってのは明らかにそれ以外の層とは乖離している.食料品がこの値段って言うことは,農民はかなり安く使われてることになる.話を聞いてみると,中国に9億人いる農民たちは移動の自由が制限されてるらしく,規則では都市に出てきてはならないことになってるらしい.合法的に都市で生活するためには,高い金を払って身元引受人を作るか,人民解放軍に入るかしかないらしい.いわんや外国に行くためにはもっと高い金を積まねばならない.しかし,法を破って都市に来てるひとはたくさんいるようだ.果物を売ってるおばちゃんおじちゃんや建設現場のおじちゃんたちがそうらしい.哈尓浜で道ばたで体重計を1回2角(3円)使わせてたおばちゃんもそうなのかな.で,非合法なんだけど,彼らが都市に出てきてくれないと世の中が回らないという矛盾.では彼らはいかにしてその生活を脱することができるのか.貧乏人が金持ちになるためにまず金を積まねばならないってのはそれだけでかなりたいへんな足かせだが,じゃあ勉強していい大学に入ればなんとかなるか,というとどうやら逆アファーマティブアクションとでもいうべき制度があるらしく,都市出身者と地方出身者では大学入学の基準がちがうらしい.すごい制度だ.まさに身分制度.ここって共産主義の国じゃなかったのですか? じゃあなんで暴動が起きないのか.経済が上向いてるからなのか.ということは,北京五輪が終わってこのバブル経済が崩壊し始めたらとんでもないことになるんじゃなかろうか.アメリカが中国の人権問題について苦言を呈するのがようやくわかったような気がする.ここまで大きくなった中国経済がかなり不安定な足場のうえにようやく立っているような気がして寒気さえ感じるような.いや,中国はようやく永い眠りから覚めていますごい勢いで発展してるから大丈夫だよ,なんていう声もあるかもしれないけど,この国って数百年間ずっと「眠れる龍」って言われてきてずっと眠ったままだったんだよね.う~ん.
なんてことを書いてたら,実は暴動はもう起きてる.「中国で広がる農民騒乱 半年で87件、数百人負傷」(朝日).いったいどうやって収めるのか? また天安門? でもいまは都市部の人間は生活に満足しているからああいうのは起きないだろうな.ソフトランディングする余地があるのか?
農村部と都市部が完全に切り離されているわけでもない気もする.この晩ご飯のこぎれいなお店でおどろいたことのひとつは,店員のほとんどが中学生くらいの男女だということ.注文を取るのも給仕をするのもそう.彼らは学校に通っているのか? 店が雇っているのか? それって違法では? じゃあ,もしかしたらこの店は実は30人家族が一家で経営していて,店員はみんな兄弟? んなわけはないか.Mさんのご主人によると,ひとつの農村からごそっと数十人子供を連れてきて住み込みで働かせちゃうこともあるらしい.人件費は安いし,みんな同じところ出身だから連帯感もあるし,方言による言葉の問題もない.でも,どこの店でも大人が給仕をしているところは見なかった.なぜ?
- 中国は発展中なのでどこの店も新規開店.人材不足なので若い人を働かせるしかない.店員が若いかどうかは店や時期による.
- 大人は人件費が高くなるのでクビにして子供を変わりに雇う.従業員は常に子供.
- 子供が働くのは安い店.大人になると高級店に出世する.我々がいった店はすべて安い店だった.
- そもそも大人は給仕をしてはいけない.
傾いてる
食事を終え,私のアホで巨大な荷物を拾ってから星海広場へ(≠星海公園).ここは総面積110万平方キロというほんとに巨大な公園で,その形が飛行機から見てもわかるという.いや,ほんとにでかくて,もうなにがしたいのかさっぱりわからない.ニューヨークのセントラルパークみたいに起伏があったりサイクリングコースがあったり,というのではなくて,でかい敷地にナスカの地上絵のように道がつくってある.海沿いには遊園地と飲食店と超高級マンション.ここでも工事.巨大な展示場を作っていた.日曜の夜だけど.中国的建設速度だといまごろもうできあがってるかもしれない.
北京五輪を意識しているのか,スポーツをしているひとをかたどった巨大なオブジェが点在していた.芸術作品っていう感じではないが.「へぇ~」と驚きながら歩いていると,例によってタクシーが「ぷっぷー」.「乗れ」という合図なのだが,どうにもびくついてしまう.乗るつもりないから歩いてるんだってば.しばらく歩くと,やたらと照明の明るい飲食店街.むやみにきらびやか.Mさんのご主人は,来客があるとここに連れてくるそうで.とりあえず「いかにも」感はある.まさに外国人+成金用.とってつけたような観光名所っぷりがどうにもなじめない.
飲食店の裏は水辺になっていて川(?)の向こうには高級高層マンション群.同じデザインの建物が4棟あるのが,どれも真っ青にライトアップされている.完売しているらしいが,日曜の夜の8時なのに明かりがついている部屋は少ない.聞いてみると,投機を目的に買って,住んだり貸したりしないでほおってある部屋が少なくないらしい.人民元が切り上げられたら大儲けってことか.まさにバブル.
この星海広場に面して,奥丽安娜(オリアナ)号という豪華客船が停泊している.この船は1986年に退役するまで世界4大豪華客船のひとつとして名を馳せていた.その後,日本やオーストラリアを経て,中国の企業に買われて2002年に大連にやってきたのだ.「奥丽安娜主题公园(オリアナテーマパーク)」として,レストラン・結婚式場・博物館などとして使われていた.大連空港で売ってた大連観光地図の裏表紙の写真にも使われている.しかし,いまではなんでかわからないが横転寸前なくらいに傾いてしまっている.当然ながらすべての施設は営業停止.夜でも明かりはついていない.わたしゃびっくりしましたよ.「おもしろいものがある」と聞いて連れて行かれたら,目の前で巨大な船が傾いてるんだもの.笑っちゃいましたよ.だって,笑うほかないでしょ.大連に来てからわずか2年でこのありさまというのはご愁傷様というほかないが,その船が傾いたままほおっておかれている様はなんとも言えないうらぶれっぷりとおかしみを醸し出している.すぐ近くの過剰にきらびやかなネオンサインの飲食店と比べると,ほんとうに発展する大連の「光と陰」そのもの.いいものを見せてももらった.
裏道の蝶
Mさんご夫妻にはほんとにおもしろいモノを見せてもらった.現地に住んでる人がこの発展するさまをシニカルに見ていることがわかった.やっぱり異様らしい.前日にあったWさんやHさんにはそこまで立ち入ったことは聞けなかったが,できれば聞いてみたいところではあった.「これでいいと思う?」
名残を惜しみつつMさんご夫妻と別れた.しかしまっすぐホテルへ帰らずにすこし寄り道.Mさんちで地図代わりに借りた日本人向けミニコミ誌にあった「歌舞伎町を完全に再現」と唄っている日本人向け歓楽街がいったいどのようなものなのかを知るためだ.場所は友好広場近くにある森茂大厦(森ビル)の裏手.森ビルはバブルが始まる前の1996年に大連にできた.つまり大連における老舗の日系ビル.その裏手が歓楽街になっているというのはいかにも「ニホンジンスケベネー」的な感じで,なんだかなぁ,である.ミニコミ誌に「歌舞伎町を再現」なんて書いちゃうあたりのセンスも.
少し迷いつつたどり着いてみると,さすがに「アジア最大の歓楽街」歌舞伎町とは比ぶべくもない.ちょっとした横丁って程度.もちろんここは中国なのであまりいかがわしい店はない(裏でどうなってるのかはわからないが).S氏と二人でとりあえず歩いてみる.店は「しゃぶしゃぶ」とか「寿司」とかの飲食店ばかり.たしかにきれいなお姉さんが店先に立って「いらっしゃいませ~」と呼び込みをしている.店の看板やお姉さんの呼び込みはみんな日本語.明らかに日本人向け.へぇ~なるほどねぇ,なんていうわかったようなわからないような感想.だって中には入ってないんだから.念のため.日曜の夜とあってほとんど客はいなかった.平日の夜がどうなっているのか興味はあるが.出張に来たビジネスマンが,昼間は仕事をして夕方は星海広場のきらびやかな店でご飯を食べて夜は森ビル裏で酒を飲むのだろうか.ベタだ.でもこれだけの飲食店が軒を連ねてるのだから,「取締役 島耕作」的な世界が展開されていて,それなりの客はいるということか.
帰ってきて
朝から晩までいろいろ見て回って少々疲れたが,明日の早朝にはもう帰国してしまうので,ホテルに荷物を置いてから少し出歩いてみた.と言ってももう夜10時を過ぎているのであまり店は開いていない.東北地方の夜は早い.延安路を外国語学院方面に歩いてコンビニ(快客 Quik)に.おみやげになりそうなものはないか.というか,おみやげになりそうなものだらけではある.しかし,包装が日本ほどしっかりしていないものが多く,下手なものを買っていくと荷物の中でとんでもないことになりかねないので,あきらめてみた.残念なことに,というかS氏にとってはラッキーなことに,ここにも缶ビールや瓶ビールが売っていた.(クッションはともかく)重い荷物を背負って星海広場を歩く必要はなかったようである.このへんが「まぁなんとかなるだろ」派のS氏と「安全に行こう」派の私との行動傾向のちがい.S氏はほんとうになんとかなってることが多いので,おおむね私の取り越し苦労なんだが.
買って帰るのをあきらめたもののうちのひとつは,風船のような円筒形のビニール包装に味の付いた牛乳が詰まっているもの.いろいろな種類があったがたいてい甘い.私とS氏は土曜の昼間にひとつずつ買ってMさんのうちでチュウチュウやっていた.なんか昭和っぽいみょうな懐かしさのする味だった.ほかにも「の」が入ってる食べ物とか,どうでもいいものがいろいろあったのだが,キリがないのでやめておいた.
コンビニへの往復の途中,路上でタクシーを洗車している3人組の男たちがいた.歩道にあるマンホールのようなものを開けて,そこの水を使って洗っている.つまり,大連のタクシー(3種類あった)は,個人営業で,3交代制ということか? なかなかに含蓄のありそうな風景.
明日の早朝には帰国するので今晩はパッキング.この涼しくて過ごしやすい気候と安くてうまい食べ物とわけのわからん混沌とで,S氏は「帰りたくね~よ~」と嘆く.たしかに.でもしかたない.パッキングは続く.明日の昼には成田に着いているのだ.
2004.09.25
大連の一日目
書いてる時点で帰国してから約2週間.忘れてることも多いかも.早いところ文章にしておかなきゃ,と思うのだが,(お読みくださってる方はご存じの通り)書き始めると意外に長くなってしまい,1日分書くとけっこうぐったり.でも,ウィニングイレブンにうつつを抜かす前にこっちも書かないとね,と.
長春から大連へ
今日は長春から大連への移動.朝8:15分の中国北方航空機に乗るために早朝のチェックアウト.朝6時過ぎに春誼賓館をでてタクシーで空港へ.初日の夜に空港から来たときと同じように古い住宅地を通過していったのだが,中国の町並みに慣れてきたからなのか,日中だからなのかそれほどの違和感はない.そう言えば,初日に来たときは交通信号が赤でも緑でも変わるまでのカウントダウンをしているのに驚いたっけ.おかしな料金になったり途中で給油につきあわされたりすることなく無事に空港へ.
朝ご飯を食べるために空港の中をうろうろ.30元でちゃんとしたのを食べさせてくれるところがあったのだけど「高い」ということで敬遠.\450なんだけどね.すっかり中国的金銭感覚.けっきょく菓子パンとコーヒーみたいのを軽食屋?喫茶店?な感じのところで.店内はお姉さんの立っているカウンターといくつかの小机.お姉さんの後ろには背の高い木製の棚があって,商品が整然と並べてある.なんか見たこと有る光景だと思ったら,テレビで見た北朝鮮のデパートにそっくり.きっとあの棚においてあるものは売り物ではないのだろう.観賞用.変な菓子パンを食べた.桜でんぶみたいな繊維っぽい肉が挟んである.コーヒーはたぶんインスタント.我々以外の客は,日本人ビジネスマンと韓国系旅行者.たぶん地元のひとはこんなところにはこないんだろな.などと考えていたら時間が来たので,簡単なセキュリティチェックを通過してなかへ.まだ十数分ほどあるので土産物屋を軽く物色.とくに惹かれるものもないのでじゃあ飛行機に向かおうかと搭乗口へ.搭乗口で待ちかまえている服務員が見てるコンピュータ画面には我々二人の名前が.どうやら我々が最後の乗客だったらしい.ちょっぴり急いで,飛行機へ.来たときと同様,滑走路を歩いて横断.だだっぴろく開けている.やはり我々が乗り込むと程なく離陸.いつも成田から飛ぶ飛行機だと,搭乗口から滑走路までたらたらと移動して,ちょっと順番待ちのために一時停止して,そんでもってようやく離陸,って感じなのだが,このだだっぴろい長春の空港は話がちがう.滑走路までの移動から離陸までの間に一時停止が入らない.地上の移動からそのまますすっと飛び始めるのでちょっと面食らう.
機内では例によってさきイカの配給.「うみの珍味」.うつらうつらとしつつ大連へと.3日ぶりの大連周水子空港.なぜか懐かしささえ覚える.そう言えば3日間には泊まるところさえ決まってなくて春誼賓館に電話がかからなくて困ったっけか.けっきょく最後まで市外通話には成功しなかった我々なのだけど.とりあえず帰国する便のリコンファームをしに南方航空のカウンターへ.ほんとは72時間前にするはずらしいのだが,45時間前でもOKでした.だって電話だと面倒なんだもん.
大連,再び
空港を出てタクシー乗り場へ.学習を積んだ我々はおっさんに惑わされずに列の先頭のタクシーに見事に乗車.っつーか,たまたま待ちかまえてたおっさんが少なくて助かっただけなのかも.大連賓館へ.まだ昼前なのにチェックインできた.服務員は日本語もできたので楽ちん.ただし彼女は日本語の勉強はしてるけれども日本文化の勉強をしてるわけではないので,かなりの違和感.つまり,ふつう日本のホテルとかレストランとかだと,店員さんたちはかなり愛想がいいわけなのですよ.笑顔で接客は基本中の基本ですよね.でも,中国はそうではない.日本語で応対してくれる服務員も愛想がいいわけではない.だから,そのギャップのせいでかなり横柄な印象を受けるのですよ.英語でやってくれたほうがしっくり来るんだけどねえ.さて,大連賓館は1909年からやってるらしい.そろそろ100周年.ここは部屋を客室としてだけでなくオフィスとしても貸してるらしく,3つくらいの事務所が入ってた.客室のとなりでふつうに仕事してる.すこしびっくり.少し迷いつつ部屋にたどりついてまたびっくり.天井は4mはあろうかという高さ.面積もかなりのもの.いままでの3つのホテルの中で一番でかいんじゃなかろうか.中国の首脳だとか日本の総理大臣も泊まったらしい.S氏によると夏目漱石も泊まったとか.そして我々日本のフリーターもご宿泊.
大連市街
正午に,S氏が米国留学中に知り合った大連在住のMさんと合流.案内をしてもらうことに.やはり一見さんの観光だけじゃわかんないこともたくさんあるので,住んでるひとの話が聞けるのは素晴らしい.幸いMさんはとても感じのいい人だったのでさらに幸せ.まずはお昼ご飯.これまではなるべく地元ちっくな食堂を指向していたのだけど,大都会である大連は果たして事情が違うのか.中山広場から民康街を通って新世紀広場というショッピングセンターへ.VIVOともいうらしい.その途中ででっかい書店があったので入ってみることに.これまで長春,哈尓浜という大都市を訪れてきたのにおよそ「書店」を見かけなかったように思う.コピー本の露店はいっぱいあったけどね.というわけで,でっかい書店を見てびっくり.1階から4階までが書籍で,5階がCDやDVDなど.1階が社会科学全般っていう配置ってのも中国らしいか.お仕事に関連する「心理学」の棚にいくと「部下の人心掌握術」とか「経営の心理学」みたいな感じの「役に立つ」心理学ばかり.上の方にあがっていくと語学関連のフロアが.大連(に限らないのか? 中国都市部全般?)ではいま英語学習熱がすごい.本もたくさんあるし,TVのCMでもさかんに教材の宣伝をしている.この日も,書店の玄関前の催事場みたいなところで,子供に英語の発音を練習させるイベントをやってた.それから,街を歩いてたらお母さんと子供が歩いてて,歩きながら子供に英語の勉強をさせてた.果物の名前を言わせるのだ.「banana」とか「orange」とか「pine apple」とか言ってた.すげーなー.閑話休題.本屋を出てから,またもちょっとした驚きが.若者たちが看板のように字を書いた紙を持ってたっているのである.「家教」と書いてある.つまり「家庭教師やります」なのだ.自分が教えることのできる科目と大学名が書いてある.履歴書見せて歩いているようなものか.いやむしろ商品陳列棚.Mさんが大連理工大の女の子に「いくら?」と聞いてみると(なんかナニな書き方ですが)「時給20元」とのこと.感覚的には1元=\100なので,時給\2,000ってことか.まぁそれなり.ちなみに,この女の子,我々が雇い主として興味があるのかと思っちゃったらしく「連絡先わたしましょうか?」と.ごめんなさい,冷やかしなんです.
本屋をあとにして昼飯処を物色.まずはVIVOに入ってるお店をながめてみる.大連ではどのくらい日本食が勘違いされているのか,ってのに興味があって日本食の店に行ってみたかったのだけど,さすがに日本企業も多く進出してる土地だけあって「ちゃんと」してしまっている.ラーメン屋も寿司屋もかなりまっとう.それに高い.というわけで日本食はパス.けっきょく炒め物や点心みたいののを小皿で出すお店に.安いしいい感じ.そうなんです,ほんとはいろいろ食べてみたいけどふつうの食堂だとS氏と私の二人だと2皿が限界.こういうふうに小皿で出してくれると助かる.ふつうにそれなりにおいしうございました.さすが都会だからちょっと洗練された感じ.店内もファーストフード風だしね. 食事を終えて,となりの好利来というお菓子屋さんをのぞく.ここでも月餅シーズンまっさかり.店内の陳列をよく見ると,今朝たべた菓子パンを発見.ああこれだったのか,と思うが,けっきょくあの肉の正体は依然として不明.
Mさん行きつけのDVD屋に.DVDよりもVCDのほうが多いが.さっきの本屋のソフト売り場とちがってケース入りのは少ない.哈尓浜や長春の店でもそうだったのだが,VCDがたくさんおいてある.続き物のドラマなんかになると30枚組や48枚組なんてのもある.さすがにこれは見てたらへこたれるだろうし,そもそも字幕が入ってないと鑑賞できないのでパス.DVDを物色すると,ハリウッドに並んで日本モノや韓国モノもたくさんおいてある.どれもちゃんと字幕がついてる.最近公開になったばっかりのももうDVD化.いやあ,どの配給会社も中国の巨大市場向けにこうして早めに発売するのだなあ,と感心.んなわけない.ちなみにDVDはどれも一枚7元(約\100).
ロシア街?
それからロシアの風情が残るという北海街へ.たいした距離ではないが,近くまでタクシーで.ほかの都市より割高とはいえ(長春,哈尓浜は初乗り4元,大連は8元),それでも安い.3人で乗るならなおさら.さて,北海街は同じ「ロシア風」とはいえ哈尓浜の中央大街とはだいぶちがう.もちろん哈尓浜のほうが規模がずっとでかいのだが,それ以上に雰囲気に雲泥の差が.中央大街のほうは露店などに厳しい制限をしているらしく,町並みが整然と保たれてまさに「ロシア情緒」な感じなのだが,北海街は露店を出し放題.土産物屋がこれでもかと軒を連ねている.その背後にロシアちっくな建築が.露店で隠されちゃってるんですけど.どうも観光資源の使い方を間違ってる気がする.このあたりが哈尓浜と大連の風土のちがいかと.土産物はマトリョーシカと双眼鏡が多い.なんでかわからないけどロシアと言えば双眼鏡らしい.おんなじ光学機器だったらカメラのほうがほしかったんだが.とりあえず通りの突き当たりまで行ってみると噴水らしきものがある広場が.でもそこに面している古い欧風建築物はなんか使われてなさげ.Mさんによると,このあたり夜は治安が悪いんだそうで.露店のなかにはなぜか輪投げ屋も.そう言えば哈尓浜は射的屋がいっぱいあったなあ.10元で10回ってのはちと高い気がするけど3人でやってみる.でもけっきょく取れたのはミネラルウォーターのペットボトル.1元で買えるんですが.それになんだかかなり長いこと放置されてた感がある.きっとあの輪投げ屋で夏を越したのではないかと.戻る道すがらお茶屋さんへ.入るなり女店長が現れて試飲を勧めてくれる.ちょうどのどが渇いてたので渡りに船.次から次へと3種類ほど飲ませてもらう.たしかにうまい.プーアル茶もうまかったし,烏龍茶もなかなか.日本のペットボトルとは雲泥の差.確かにこれを飲まされたら聞茶セット欲しくなるかも.面倒だからなかなかやりませんが.おみやげ用にプーアル茶を数袋と自分用に烏龍茶を一袋.S氏とMさんに「買ってくれて助かった.買わずにはでれない雰囲気だったんだもん」と感謝される.
海の玄関
ところで大連には路面電車が走っている.昔の車両をそのまま使ってるらしい.乗ってみると,広島の市電を少し思い出した.雰囲気がけっこう似ている.長江路沿いに少し乗って港方面へ.途中で通過した民主広場にはでかい帆船がおかれている.この仰々しさがいかにも中国.ちなみに途中でMさんが下車駅を間違えたのはご愛敬.長春でも大連でもバスはいつも満員な印象.それにくらべると路面電車は少し余裕があるような気も.港について,まずは乗船待合いの建物のほうに.例によってこういうハコモノはでかい.待合室も広い.でも列車の駅ほどの人混みはない.案内図によると,ここから煙台にいけるらしい.毎日10便.天津や上海などのほかの都市へも.ちなみに上海へは37時間かかる.120元から.特急列車(24時間,245元から)と比較すると2倍以上.お金を持ってる人は飛行機を使うだろうから,列車を使う人ってのはどの層なのかよくわからん.ふつうはそんな長距離には使わないのかな.本には載ってなかったけど普通列車ってのもあるのか.
つぎに港務局の建物の屋上に.ここは観光名所らしくて,日本人の団体さんが来ていた.彼らのガイドさんの話を盗み聞き.この大連港には4つの埠頭があって,いちばん古いのはロシアが作り,ほかの3つは日本が作ったらしい.石炭やなにかを搬出してたとのこと.終戦の時にはここから20万人の日本人が引き揚げ.当時は半円形の特徴的な建物の待合所があったそうだけど,それは数年前に改築しちゃったのだそうな.我々が行ったときには4つ目の埠頭には航空母艦が停泊中.中国は港も空港もふつうに軍民共用なのね.「民」という概念があるかどうかは知らないけど.なお,大連港は取り扱い貨物量がきわめて大きいのでいまは別のところい新しい港を作ってるのだそうな.そんな話をしているとガイドさん(ここに常駐してるようだ)が「大連の近くにはとても水のきれいな海があって,そこでは三色真珠が取れるのです」などと言って大連の昔の写真のわきになぜか陳列してあった真珠の説明を始める.すすっと土産物販売モードに移行しようとしていたので,その場を離れることに.ところで,この建物の屋上にはなぜか龍やひげのおっさんの銅像がおかれている.とくに銘も説明書きもないので「おかれている」ってよりは「うちすてられている」って感じか.こういうのを見ると,ハレとケって概念はないのだなあ,と思う.楽屋がないのね.裏表がないって言い方もできるかもしれないけど.
タクシー考
ガイドのただ乗りを楽しんだ後に,Mさんの案内で人民広場に向かうことに.港務局の前でタクシーを拾おうとするとなぜだか乗せてくれない.タクシーの仁義はよくわからない.以前,数日前に「中国のタクシーはよく警笛を鳴らす」と書いたけど,大連のタクシーは長春や哈尓浜に比べるとさらにその傾向が強い.歩道を歩いているだけで,タクシーが接近してきて「ププッ」と鳴らすのである.「乗ってかない?」の意味らしいのだが,慣れない作法なのでつい「どけ」と言われてると感じてしまう.タクシー同士の客の取り合いも激しい.私なぞは気が弱いので最初に止めたタクシーよりも近くに来たタクシーに「こっちに乗ってけ」ってやられると最初のタクシーに申し訳なく思っちゃうのだが,これは日常茶飯事らしいので気にしない方がよさそうだ.というわけで,なんとかタクシーを拾って人民広場に向かおうとする.Mさんが「人民広場にいってください」と言っているのだが運転手は「人民広場なんていってもおもしろくないよ.星海広場に行こう」と言う.もちろん星海広場のほうが遠い.「いや,人民広場へ」と言うと運転手はとりあえず納得したように見えたが,人民広場に近づくと「星海広場にしようよ」と再び言う.「いやいやいや.おりるってばっ」と言ってようやくおろしてもらう.中国のタクシーは自己主張をするらしい.そう言えばこの日の朝,大連空港からのタクシーで「大連賓館に」って言ったら「よくないよ,あそこは古いよ」なんて言ってたな.そう考えると,初日の夜の長春のタクシーのおっさんが言ってた「没有」も「だめだめ.春誼賓館は部屋がないよ.」の意味だったのかもしれない.なんだかなあ.頼まれたことだけやって欲しいものなんだけどな.
紆余曲折を経て(実はそんなに経てないが)人民広場へ.ここもかなり広い.大連にはでかい広場がたくさんある.こういう土地の使い方がいかにも中国か.芝生もきれいに刈りそろえられてるし,色とりどりの花も.この人民広場に面して満州時代の建物が.旧関東州庁と旧裁判所.いまは大連市役所と労働局.この裁判所が東大本郷キャンパスにある安田講堂にそっくり.どうやら同じ人が設計したらしい.言われて納得.その安田講堂そっくりの建物のてっぺんに赤い旗が.ああ30年たってようやく成就したのね.ちがうよ.ちょっとぶらついてから星海公園へ.
星ヶ浦
入園料を取るってのがいただけないが,でもそのおかげできれいに保ててるのかも.夜7時以降の入場は無料らしいが.この付近に住んでるMさんは割安な年間パス.夏は海水浴客でにぎわうらしい.9月下旬にもかかわらず泳いでる人を発見.それも複数.そんなに泳ぐの好きなのだろうか.ちょっとひらけたところで若い男性のグループがなにかして遊んでいる.よく見ると羽根突きの羽根のようなものを落とさないように蹴り上げている.かかとも使ったりしててけっこう技巧的.なかなかうまい.海に向かう通路があってその先にはけっこう高い塔が.バンジージャンプ台らしい.さらにその塔からロープが湾の反対側までのびている.これは空中飛降っていうアトラクションで,ロープにくくりつけられて身動きできない状態で滑空するものらしい.終点部分に行ってみるとサンドバッグを横にしたようなのとゴム板が.こんなんでいいのか.Mさんによるとたまに頭をしたたかに打ち付ける客がいるとのこと.怖いよ.こんなもの80元も払ってやる気にはなれませんですよ.シーズンが終わったからなのか,やってるひとは発見できず.我々が公園をあとにしようとすると,ひとりのおじさんがなにやら作業をしているのに出くわす.Mさんが言うには,このおじさんは毎日ここでダンス教室をしているらしい.老若男女とりまぜてけっこうひとが集まってるらしいのだが,いったいどんなダンスなんだ.ちょっと後ろ髪引かれつつ公園を後にする.出口の売店を見るとさっきの羽根を売ってる.赤や黄色や緑のハデな彩色.店のおにいちゃんに聞いてみると「健球」というらしい.ひとつ買ってみる.3元.
星海公園のすぐ脇の高層マンションにあるMさんのご自宅におじゃますることに.Mさんは外資系企業におつとめのダンナさんと二人でお住まい.20階からの眺めはなかなか.いちばんすごい眺めになるのが,旧正月らしい.どこの街でも中国人がいれば旧正月は花火や爆竹ですごい騒ぎになるのが定番だが,大連のはかなり気合いが入ってるらしい.24時間ぶっつづけで打ち上げ花火.それもほぼ360度全方向で.まじですか.っつーか,昼間に打ち上げても見られませんが.なんか街のいたるところで爆竹だらけになって勝手のわからない人だと危険もあるので,外国人は外出が禁止されるらしい.すげーな.星海は市街地から少し離れてるし,高層マンションの上のほうなのに「うるさくて寝られない」くらいの花火.ちょっと見てみたくなった.
豪遊
しばし雑談してから,みんなでご飯を食べに.ダンナさんの提案で韓式焼き肉に決定.タクシーに乗って大連駅の近くまで.大連駅は上野駅を模して作られたらしい.たしかに面影がある.満州時代の建築ってそういうのがけっこう多いようだ.異国の地でも寂しくないように,っていう配慮なのだろうか.大連駅前は勝利広場.いったいなにに勝った記念なのだろうか.日本?国民党?ソ連?同じことを長春編でも書いたような気がするが.どうも中国の地名は使い回しが多い.どこの都市でも労働広場や人民広場や勝利広場があって,重慶路や上海路や長江路がある.こういうのってアメリカのHolywoodやKennedyやBroadwayもいっしょだな.なんで?まぁ歴史が浅いか歴史を拒否しているかっていう似たような境遇のせいか.んで,大連の勝利広場には地下商場がある.吉野家では日本では見られなくなって久しい牛丼も売ってる.ちょっと高いけど.そのほかにも服とか小物とかいろいろ.哈尓浜で見かけたやつよりも少し洗練されてる気がするけど(食べ物の匂いがきつくないし,通路で食べ物を売ってるおばちゃんもいない)基本的にはいっしょ.これが中国の地下商場の標準形か.
そして,焼き肉屋へ.きちんと韓式.店長の女性が自ら注文を取ってくれる.外国人だからか.でも日中韓英4カ国語が飛び交うわけのわからない注文.きっちり韓式なので注文が終わると野菜やキムチがすすっと出てくる.肉は服務員が焼いたり切ったりしてくれる.カルビなかなかおいしうございました.優雅に飲み食いしたのでひとりあたり100元.いままでのS氏と私の食生活からすると考えられない豪遊.まぁ1,500円なんだが.
その後,天津街をぶらぶらと.Mさんのダンナさんが教えてくれたことにびっくり.大連には高層ビルがたくさんある.このあたりにも高層ビルがあるのだけど,そのなかでひときわ高いビルをよく見ると,まだ完成していない.窓がついてなかったりする.じゃあ工事中なのかというと足場があるわけでもない.このビル,建設の途中で会社がほうり出したとのこと.韓国系の会社らしい.それから数年間ほっとかれっぱなし.う~ん.それでいいのか? そんなこんなでM氏夫妻と別れてホテルに帰る.途中,中山広場で大きな筆で床に字を書いているおばあちゃんを発見.タイル一枚に一字ずつ.でも「家」っていう字が並んでたりするので文章ってわけでもない.習字? なんでしょう.
逆ナン?
ホテルに帰ってきたけど,まだ9時前で時間も早いので,星海公園で買った健球をもってホテルの目の前にある中山広場へ.たくさんのひとがスポーツに興じている.バレーボールをやってるグループあるけど,健球が最大多数.けっこう人気があるようだ.私とS氏もやってみる.けっこう難しい.とてもじゃないがラリーにならない.ひとしきりやってみるとS氏がバテてしまい小休憩.ひとりでリフティングしてみるがなかなかうまくいかない.あさっての方向に蹴ってしまう.それを近くにいた若いお兄ちゃんが蹴って返してくれた.「いっしょにやろう」みたいなことを言ってる(ように思った)ので,ちょっとやってみる.彼はかなりうまいようだ.私がへんなところに蹴っても追いついて返してくれる.私はぜんぜんだめ.申し訳ないので「ごめんごめん.おれが下手すぎた」と言って(つもり)おしまいにする.またしばらくS氏と蹴っていると,今度は20代と思われる女の子二人が「いっしょにやりましょう」と.ん? 日本語? 初めは中国語で「いっしょにどう?」って言ってるのかと思ったので「対」とか言ってたのだけど,彼女たちが「日本人でしょ?」と日本語で話しかけてきたのでびっくり.なんでも二人は学校で日本語を勉強していたらしい.それで4人で健球をすることに.
彼女たちはけっこううまい.私ら二人はだめだめ.なんかいつやめたらいいかわからない雰囲気でけっこう続けた.20分くらいか.かなり汗かいたところでS氏が「休憩!」と.ありがたい.聞いてみると,彼女たち二人(WさんとHさん)はこの近くに住んでいて,家に帰ろうとしたらなにかへんなおじさんが後ろからついてきているような気がしたので,やりすごすために二人で健球してた私たちに声をかけたらしい.逆ナンってわけではなかった.当たり前ですが.声をかけてみたら日本人であることに気づき,たまたま彼女たちは日本語を勉強してたってことらしい.健球はかなり流行ってるとのこと.大連はスポーツが盛んでアテネ五輪のバレーボールでも大連人がたくさん入ってたと.サッカーの大連実徳も強いし.サッカーの話も少し.郝海东や孙继海を知ってるって言ったら驚いてた.そういうHさんは,稲本潤一がお気に入りらしいのでおアイコ.
立ち話もナニなので近くにあるバーへ.店のひとに紙とペンを借りる.お互いの名前を書いたり,中国の慣習や日本の話題.ふたりとも日本のドラマが好きらしい.日本語を勉強した動機もそのへんとか.Wさんはキムタク好き.でも「キムタク」という省略形は知らなかったらしい.「ロンバケ」も.二人はルームメイトらしい.房友.年齢を聞いてみて少し驚く.6歳差.そういうものなのか.ルームメイトといっしょに部屋を借りてるひとはけっこう多いらしい.やはり都会の家賃は高いのか一人住まいに適した大きさの部屋がないのか.年齢はやっぱり数え年らしい.Wさんは旧暦でHさんで西暦祝うとのことでひとによってバラバラみたいだが.いずれにせよ,生まれた時点で1歳というのは変わらず.地方による差もあるのかも.Wさんは南,Hさんは北の出身.ほかにも南北の地域差が.お店で店員の女性を呼ぶときに,南は「小姐」,北も昔はそうだったらしいけどいまは「服務員」.北で「小姐」っていうと男性にサービスするおねえちゃんのことらしい.まずいじゃん.私これまでいろんなところでそう言ってたんですが.ありゃりゃ.というわけで,このお店の会計をするときに練習させられました.はい,「服務員」って言ったら来てくれました.大連の大学に興味があるって言ったら,WさんとHさんが翌日(26日)に彼女たちの家の近くにある大連外国語学院を案内してくれることに.なんともありがたい.店を出てみるともう中山広場ではもう誰もスポーツしてるひとは無し.早寝早起きは東北地方の生活習慣みたい.夜遅いので「送りましょうか」というと「いやいや,大丈夫.旅行者のあなたたちのほうが心配」と逆に心配されてしまう.無力な私たち.
Mさんという地元の日本人,WさんHさんという地元の中国人.こういうひとたちの話が聞けるのは素晴らしい.楽しみにしつつ大連の夜は更ける.
2004.09.24
哈尓浜~長春
朝食を食堂で.豪華絢爛な内装におどろく.かなりのゴージャスっぷり.といっても嫌味ではない.今回泊まり歩いたホテルのなかではいちばんいい感じだと思われる.さすが「貴賓楼」.チェックアウトは英語もそれなりにできるひとがいて楽だった.300元だと言われたので,ちょっと驚く.昨日の歌が好きな女の子は680元だと言ってたのだけど.歌以外もちょっと勉強してください.チェックアウトを終えると,ロビーに日本人らしき3人が.英語のできる服務員に龍門大厦の歴史を説明してもらっている.おばあちゃんと息子夫婦.話を聞いてみるとおばあちゃんは撫順で生まれ,哈尓浜の小学校に通い,長春の女学校に通い,大連から引き上げたのだそうだ.哈尓浜在のときには,お客さんが来るとこの大和ホテルで食事をして迎えたとのこと.「哈尓浜はすっかり変わっちゃった」と.歴史の生き証人.もう少し話を聞きたかったのだけど,あんまりじゃましても悪いのでここでお別れ.このあとは長春に行くとのこと.私たちとは1日ちがい.よい旅ができてるとよいのだけど.
列車で長春に移動する前に再び聖ソフィア教堂へ.昼間に見ると夜と違ってけっこう汚れてるのがわかる.教堂の前の広場には噴水.ちょうどバスにのってロシア人のツアー客がたくさん来ていて,記念写真を撮ったりして騒いでいる.やはりロシアからのお客が多いのだろうか.中に入ってみるとちょっと圧倒される.高い天井.けっこう荘厳な感じ.だけどいまは教会ではなく博物館.むかしの哈尓浜の様子をしめす写真がたくさん.ロシア→日本→国民党→共産党と持ち主がいろいろ変わっている哈尓浜だけに,写真もいろいろ.なかなかおもしろい.哈尓浜の歴史みたいのが書いてある写真多めの本を買っていく.読めないけどね.
駅に行く前にちかくのショッピングセンターへ.地下にあるのだが,入ったとたんにすごい匂いでびっくり.なにかの食べ物の匂いのようだが,この匂いの中で服を売ってる店が多いのは驚き.韓国系の店が多いのかハングルが目につく.でもなんだか韓国と関係ないような店にもハングルが書いてあったりするので,これは単なる流行りなんじゃないかと.そういえば日本語も微妙にはやっている.とくに流行っているのが「の」.「的」を「の」に置き換えるだけなんだけど.なんかちょっとおしゃれな感じに映るらしい.「鮮の毎日」というジュースの宣伝が町中によく見られたし.「日式の風味」とかね.
名残惜しいけど,駅へ向かう.昨日と違って,貴賓な待合室ではなくて一般大衆の待合室.かなりのひとでごった返している.時間になっても声をかけてくれる人がいるわけではないので,自分で出口を見つけて行く.当たり前ですが.プラットフォームに降りるまもなく列車が入ってきた.自分の車両を探して乗り込む.ちょっと遅めだったらしく満席だし立っているひともいる.もちろん私たちの席にもひとが座っている.「請問」と言って切符を見せると立ってくれた.「遅いからもうだめだ」とか言われなくてよかった.軟座は2席+通路+2席だけど,硬座は2席+通路+3席.我々の席はその3席のうち窓側の2席.昨日と同じ側(東側)だったのが少し残念.棚にはすでに荷物がたくさん.しょうがないので足の下になんとか押し込む.軟座とちがってポットは置いてない.やはり少し窮屈.10元のちがいは大きい.列車が動き始めると,目の前に座っている夫婦はさっそく何かを食べ始めた.最初に食べ始めたのはお焼きのようなパン.ちょっとおいしそう.その次はひまわりの種.中国人はなぜかわからないがとてもひまわりの種が好きらしく,街中でも食べてたり売ってたりするのをたくさん目撃した.しかし殻をちらかすのはどうかと.この夫婦の場合は,机の上に載っている金属のトレイの上に殻を置いていた.どうやらこのトレイはこのボックスの6席みんなのゴミ箱的存在らしい.夫婦のとなりのお兄さんはパッケージされたソーセージらしきものを食べている.どうやら哈尓浜は肉詰めが特産品らしい.売店でもたくさん見かけた.食べられなかったのが心残り.しばらく乗っていると,弁当を売りに来た.昨日は「哈尓浜に着いてから食べたい」と思ってたので弁当はあきらめたが,今日は挑戦.昨日のは(となりのひとが食べてたのを見たのだけど)日本のコンビニ弁当の容器をもうすこし深くしたようなプラスチックの器に,炒め物とご飯と目玉焼きが入っていてなかなかおいしそうだった.10元.今日のは一昔前の卵ケースのような厚紙の容器が二つ.片方にご飯,もう片方に炒め物が二つ.こっちも10元.周りのお客たちがなぜか興味深げに見ている.ちょっと緊張.10元もする弁当を食べるやつが珍しいのか,日本人が食べてるのが珍しいのか.食べてみるとなかなかうまい.満足.長春に列車が近づくと車窓は急に変わり始める.畑がバラック的民家群に変わり,工場が増え,そして高層ビルに.民家が煉瓦造りのような感じで高層ビルとの対比が泣かせる.
長春,再び.とりあえず春誼賓館へチェックイン.いい加減な予約だったけど,いちおうちゃんと記録されていた.といっても「日本人二人」みたく書いてあったんだが.そんなんでいいのか.このホテルもなかなか落ち着いたいい感じ.ただし,廊下がすごい広かったり天井が素晴らしく高かったりはしない.ふつうに「ちゃんとしたホテル」っていう感じ.内装はすっかり現代風.部屋に着くまでの間にある食堂などはなぜか「名古屋」「広島」「江戸」等々. 同じ大和ホテルでも趣味はだいぶ違うような気が.
ホテルを出て人民広場までタクシーで.西安大路を西に歩く.ここから地質宮のある文化広場へ.2ブロックほど行くと右手にやたら派手なビルと派手な露店が.見てみると中秋の月餅を売りまくっている.派手なビルはTimes Square.「卓展時代広場」と書いてある.中に入ってみると日本と同じで1階は化粧品売り場がメイン.一部工事中でも営業してるのが中国らしいところ.西洋ブランドも日本ブランドも.SK-IIや資生堂が人気らしい.紆余曲折しつつ文化広場を目指す.いかにも中国な感じの住宅街を抜けてぼちぼちと歩いていくとだんだん現在地が不明に.「地球の歩き方 大連と中国地方」のしょぼい市内地図しかないので,いまいちどこがどこなのやら.駅前ででかい地図を買っておけばよかった.ちなみに哈尓浜のは駅前で4元で買ったのだけど,歩いている間に失くした.歩いている間におなかが減ってきたので,どこかに入ろうと言うことに.S氏が「炒飯が食べたい」(またか)と言うのでそれっぽい店を探すのだが,なかなか出会わない.さらにちょっと歩くとこぎれいな店が出現.外から中を見るとどうやら炒め物がおいてありそうな感じ.壁にかかってる料理の写真がそれっぽい.とりあえず入って座ってみる.服務員のお姉さんに「炒飯ある?」って聞くと「没有」とのこと.なんでだ.確かにメニューにも載ってない.とりあえずビールを頼みその間にメニューをもう少し眺める.炒め物らしきものがたくさん書いてある.炒飯くらいおいてくれよ,と思う.服務員に炒め物を二つ注文.するとなんだか「いくつ?」と聞いてくる.二人で来てるのだから,二つに決まってる.「二つ」と言うとビミョーに怪訝そうな顔.なぜだ? そうしてると,炒め物を二種類持ってきてくれた.けっこううまい.味が濃いのでご飯が欲しいところだ.そう思っていると,厚手のクレープのようなものを2枚持ってきた.あ!そうか! このクレープで炒め物を包んで食べるのね.伝票を見るとたしかに「春餅」と書いてある.よく見ると店の壁にも「春餅」と書かれた看板が.そりゃ炒飯がないはずだ.ごめんなさい.食べてみるとなかなかにうまい.っつーか,うまい.さらに2人で2枚は確かに少ない.怪訝そうな顔も納得して2枚追加.「そら見たことか」って思われただろうな.ビールにもよく合う.銀瀑.さて,腹は満ちたけど,現在地は依然として不明.服務員のお姉さんに地図を見せながら「ここどこ?」って聞いてみると「わかんない」と.そんなわけねーだろ,と思うのだが.しかたない.支払いを済ませて店を出る.レシートを見ると店の住所が.「東民主路」.なんだよ,地質宮の直近まで来てたのか.そりゃ道聞くほうがバカってもんだよな.この時点で午後5時ぐらい.もう夕方.地質宮(いまは吉林大学)はかなりでかい.バスケットコートがいくつかあって,遊んでる人がたくさんいる.みんななかなかうまい.どういうひとがやってるのだろうか.大学生か.正面玄関の前ではお祭りをやっているのか,民族衣装で踊っている一団が.しばらく見てから,南のほうに歩いていく.この文化広場の周辺は旧満州国関連の建物がたくさん残っている.もう日も暮れて来たので,中にはいることはできないが,いちおう一通り眺めていくことに.が,その前に文化広場に面して建てられているホテルのネオンサインが目立って仕方ない.「大富豪」とでかでかと.いいのかそれで.ここは共産主義の国じゃなかったのか.共産党が支配するけど共産主義はなくなっちゃったということか.象徴的な感じ.とりあえず新民大街を南に.この通りの東西に面して多くの建物がある.どれもまぁなかなかにイカした作り.それをいままで使ってるというのは確かに感慨深い.日本だったら,つぶして背の高いビルに建て替えないとスペースが足りなくなるところだが,ここは大陸.そんなことをする必要はないのね.てくてく歩いていくが,思ったよりも遠い.へこたれつつも新民広場まで到着.中秋の祭りにかり出されたらしい人民解放軍の皆さんの一段とすれ違う.手に手にお祭りの飾りのようなのを持っている.みんな若い.女の子もたくさんいる.この辺がたしかに中国的ではある.ここでタクシーを拾って再び人民広場へ.
初日の晩に見た「吉林省賓館」がかなり強烈だったので近くで見ようと.たしかにいかした感じだ.建物は古くて渋いのに「吉林省賓館」というネオンサインは真っ赤でどでかい.このアンバランスが中国では当たり前.あたりではたくさんの露店がでていろんなものを売っている.なかでも酒を売ってる露店がすごい.荷台いっぱいにワインを積んだトラックを横に置いて商売している.いったいどうやって裁ききるのかは不明.でかいガラス瓶にヘビやらなにやら複数の動物がつけ込まれた酒も売ってる.もちろんその他の露店もたくさん.おかげで歩道は歩きにくくてしかたないが,しかしこれが中国のパワーなのだろうな.ホテルのとなりには派手なKTV屋さん.つまりこれはお姉さんがとなりに座ってくれるカラオケ屋らしい.入り口ではチャイナドレスのきれいなお姉さんが待ちかまえている.ちょっと惹かれるものもあるがとりあえず今回はパス.求人の張り紙が印象的.「18~23歳,身長160cm以上」.小さいとだめなのですね.長春大路を少し歩くと「にほんのりょうり」と書かれた店が.なるほど,この国ではひらがながちょっとしたおしゃれ感を醸し出しているので「日本の料理」よりも「にほんのりょうり」のほうがいいわけだ.埼玉市よりさいたま市ね.そのあたりで重慶路へ.2日前に来たときはすでに23時で,だいぶ閑散としてたが,いまはだいぶちがう.非常ににぎわっている.というわけでぶらついてみる.2日前に内装工事して店も新装開店.早い.こぎれいなデパートがあるので入ってみた.店内で台車を押して食べ物を売ってるおばちゃんもおらず,なかなか洗練されている.たしかにここにも特に意味のないハングルをいくつか発見.やっぱりおしゃれっぽさを演出するための道具なのだろうか.特に買うものもないので外へ.少し休もうということになり,となりにあるケンタッキーフライドチキン(肯徳其)へ.街の食堂に比べるとだいぶ高いのだが,それでもかなり客が入っている.小金を持ったひとたちなんだろうか.客層がよくわからない.ちょっと休んでから,タクシーに乗ってホテルへ戻った.
この時点で夜9時近く.しかし微妙な腹の減り具合.ちょっと散歩をしつつご飯を探すことに.駅の西側にはまだ行ってなかったので,例によって無理矢理に車道を横断しつつ移動.さっきの重慶路とちがってだいぶと洗練されてない感じ.ちょっと歩くとゲームセンターが.ちょっと薄暗いところにあるので敬遠しようと思ったがS氏の「だいじょぶだよ」という言葉に従って地下へ.けっこう広い空間にゲーム機がおかれている.1元でコイン2枚.コイン1,2枚でゲームが1回できるようだ.見てみると,どれも日本製.ちょっと(かなり?)ふるいゲームばかり.Daytona USAとかバーチャファイター2とかタイムクライシスとか.説明書きも日本語.まさに「持ってきただけ」という状態.なかには「TOSHIMAEN」というステッカーの貼ってあるものも.なんか不思議な再会をした気分.ちょっと遊んでから出てきた.付近にある食べ物屋さんは立ち食いの串屋くらい.もう少し歩くとだいぶ暗くなってきたので少し引き返して脇道にはいることに.明かりが全くないブロックの向こうに飲食店らしき明かりが見えるのでそこに向かってみることに.しかし,この通りがたいへんなことになっている.付近の飲食店すべてからかき集めたかのような大量の生ゴミが道にうち捨てられている.朝には収集されるのかも知れないが,袋に入れられるでもなくそのままにしてあるので,異臭は相当なもの.たしかにさっき見かけた明かりは飲食店だったのだけど,生ゴミから近すぎると思い敬遠することに.しかしここをすぎるともう飲食店はなかった.まぁ,路上で机を出して麻雀したり(捨て牌は川になったなかった.場にごちゃ混ぜ.),子供と大騒ぎして遊んだりしてる風景には出会えたけど.しょうがないので,ホテルのあたりまでもどってきて,今度は駅の東側をぷらぷらと.長江路の付近で飲食店が数軒並んでいるのに遭遇.中学生くらいの女の子が呼び込みをしている店に入ってみる.入ってみるとなかなか悪くない.ほんのひと昔の食堂って感じ.家族経営なのだろうか,男の子が客席に座って宿題をしつつテレビを見てるようだ.テレビではMr. Beanをやってた.あの笑いは万国共通なのね.セリフも少ないし.呼び込みをしてた女の子が注文を取ってくれる.例によってとりあえずビールを頼んでからほかのを考えるのだが,なかなかよくわからない.女の子はおすすめっぽいものを指さして教えてくれるのだけど,20元とか28元とかの高いものを勧める傾向がある.さすがだ.ここでようやく炒飯を発見.揚州炒飯と香辣肉炒(?)を注文.炒飯ってのは平均的日本人が想像しているほど汎中国的な食べ物ではないのかも.「揚州」だし.来てみると胡瓜が入っててなかなか歯ごたえがおもしろい.もうひとつの炒め物は名前の通り辛い豚肉の炒め物.こちらもビールと良く合ってて美味.ちと辛すぎるが.しかし,この女の子がよく働く.我々の注文を取って厨房に告げるとすぐ表に出てまた呼び込み.次の客を捕まえると席に案内する.愛想もいいしかなりの好感度.もう夜も遅い時間なのに.そこへ行くと少年のほうは働きゃしない.これが彼の性格なのか,年齢なのか,中国の慣習なのかはわからないけど.なかなかにおなかいっぱいになって我々は大満足.我々が食べたかったのはこういうものなのだ.中国の民衆が食べそうな炒め物.これよ,これ.それが28元ってんだから安い.女の子の対応がよかったし,けなげに働いているので,チップを渡したかったのだけど,この国にはそういう風習がないので,ちょっと困る.30元渡して「おつりはいいよ」と言ってみた.ちょっと嬉しそうな戸惑ったような顔をしてた.2元はちゃんと自分のお小遣いにしていてくれると嬉しい.
ホテルに戻ってS氏としばし語らう.初日の晩の火鍋もそうなんだけど,夜遅くまで若い子がよく働いている.やっぱりこの国の人権意識とかって問題かも.たぶん学校にもろくにいかせてもらってないだろうし.教育がうまくうけられないと,階層から抜けられない.この国の支配層って何千年も変わってないのだなあ,と.
明日の朝は飛行機で大連へ.8:15発.ホテルを6時にチェックアウトしようと言うと,S氏は6時半でいいと.まぁだいたい私とS氏のスタンスのちがいはこんな感じ.私はいつも安全策.だから早めに行って時間を無駄にすること多し.S氏はいつもぎりぎり.たまに遅刻も.いいバランスとも言えるし,すれちがいとも言える.結果オーライ.
2004.09.23
長春~哈尓浜
長春の朝.7時半頃.とりあえずなにはともあれ朝食.国貿飯店の食堂はビルの26階にあった.360度ほとんどに窓があり長春市内が一望できる.すごい.高いビルも確かにあるが,その先は地平線.「大陸に来たんだなあ」と.こうして見下ろしてみると,かなりいろんなところで大規模なビル建設が行われているように思える.しかし,その脇には古い集合住宅があったりして,新旧ごちゃごちゃ.そういえば昨晩のタクシーでここに向かってくる途中でかなりうす寂れた住宅街らしきところを通ったとき拉致られたんじゃないかと一瞬不安になったが,実は案外市街地に近いところだったことがわかる.朝食は完全に中華.あたりまえだが.炒め物も点心も粥も中国パンもよりどりみどり.しかしコーヒーはあっても茶がないというアンバランスはどうしたものか.
S氏は汽車で哈尓浜に行くことを主張する.前々からの主張ではあるのだが.しかし,いろんなウェブサイトで「汽車の切符売り場はいつも満員」とか「並んでいてもかならず割り込まれる」とか「行きたいところまでの切符が買えない」とか「二等座席(硬座)だとかなりきつい,立ち席だと最悪」とかいろいろ書かれていたし,この日に哈尓浜に行ってしまうと最後に大連に帰ってくるまで毎日寝場所を変えることになって落ち着けないなあ,などといろいろ思ってしまい,あまり積極的ではなかった.しかし,S氏が駅まで行かずともホテルの近くで切符が売っていることを発見してしまい,しょうがなく「軟座(一等座席)が買えたら」行こうということに.果たして切符売り場はホテルから道路をはさんで目の前のビルに2階にあることが判明.おばちゃんひとりでやってる小さな窓口で(もちろん何人もに割り込まれはしたが)かなりあっさりと10:34発K132便の軟座が買えてしまう.一人52元.明日乗るはずの帰りの便は買えなかった.どうやら長春発の切符しか買えないらしい.ちょっと不安.哈尓浜駅で買えるのだろうか.それほど時間に余裕があるわけではないのでさっそく荷物をまとめて駅に行くことに.
人民大街を北上し,あたりを見物しながら歩いていく.朝の8時台だというのに完全に本気モードで街が動いている.昨夜の寂しい感じはどこへ.どうやらみんな朝型の生活のようだ.長春はかつての満州国の都(新京)であり,当時の建物が多く残っている.っつーか,残りすぎてないか? どれも現役の学校やら役所やらとして使われている.もの持ち良すぎ.旧関東軍司令部は平城の装い.天守のような屋根がついている.もう少し北に行くと勝利公園.いったい何に勝利した公園なのかは知らない.日本なのかソ連なのか国民党なのか.ひとがたくさんいて歩きにくい歩道をなんとか歩いて長春駅前へ.でかい駅舎だ.昨晩タクシーのおっさんに「没有」と言われてしまった春誼賓館はどうなってるのか見に行くと……あるじゃん.ふつーに営業してるし.やられたよ.まぁ,見晴らしの良いところでご飯は食べられたし,切符売り場も近かったから許そう.というわけで,二日後の予約をしに入っみる.入ってみるとなんだかかなりいかめしい.たしかに歴史ありげですよ.さすが大和ホテル.このホテルもなかなか英語も日本語もなかなか通じなかったが,なんとか予約に成功.名前を聞かれて日本語の音で答えるべきか字で書こうか迷っていたら,向こうが「日本人二人ね」と言って適当に書いてしまった.いいのかよ,そんなんで.まぁこれが中国式なのだろうと理解してとりあえず納得.駅に向かうことに.
長春駅前はけっこう太い道が走っているのだが,当然の如く現地の皆さんは信号もないところを歩いて渡る.途中に白線でハッシュされている部分があって,一見安全地帯のようだがここもたまに車がつっこんでくるので油断はできない.まだ我々だけでここを渡る実力はないので現地のひとについていくことに.「車を見て」渡るのではなく「渡る人を見て」渡るのである.だって怖いんだもん.
駅前に来た.とりあえず車内で飲むための水を買ってみる.飲み物や軽い食べ物を売っているスタンドが街にはたくさんあるのだが,そのうちのひとつで買うことにした.「請給我一個.多少銭?」ぐらいなことを言っただけ(のつもり)なのに,なんだか店員の女の子二人に大爆笑される.もちろん水は売ってもらえましたが(1元).なぜ? そんなにオカシイですか? S氏にも「爆笑されてんじゃねーか」と言われる.はいそうです.なんででしょう.
とりあえず入り口を探してみると,軟座のための待合室を発見.硬座のひととは別の待合室なのですか.入ろうとすると切符を見せろと言われる.すげー.ちゃんとしている,と感心.階段を上ると喧噪もない静かな待合室.こぎれいな売店まである.VIP待遇ですよ.たかだか\800程度の切符なのですが.ちなみに硬座の切符は42元です.差額はたったの10元(=\150).JRのグリーン車にもぜひ見習っていただきたい.待合室で待っていると時間が来たらしく服務員が案内してくれた.プラットフォームへ向かう通路も硬座とは分かれているようだ.降りてみると,プラットフォームがかなり長い.ちょっとびびったので,駅員さん(っていうのか?)に切符見せて場所を聞いてみた.通じたようで「あっちだ」と指さしてくれた.しかしどのぐらい「あっち」にいけばいいのでしょうか? フォームかなり長いんですが.
そうこうしてると列車が到着.さすがです.かっこいいです.硬派な感じ.でも感心してる暇はないので,自分の車両へ.軟座はすごい.ボックス席なのだが,向かい合う席の間の小机には小さな一輪挿しの花瓶が.花まで生けてあるとは.机の下にはお湯の入ったポットまで置いてある.ここまでやって10元しか差がないってのもすごい話だ.
数分たつとに列車が動き出した.車窓はみるみる変わっていく.工場地帯を抜けてあっという間に農村へ.まさに大陸.トウモロコシであろう畑がいちめんに広がっている.しかし,米国のような機械で耕作するのに適するように区画整理されているようには見えない.線路沿いの小川のちょっとした場所にまで植えられていて,これはどう考えても人力で栽培・収穫することが想定される.まじですか.こんなに広いんですが.本家本元の人海戦術というのはこうしたものか.畑の中にたまに集落が現れる.牛に引かれた荷車の上に何人もの子供が乗っているのを見かけた.どっかの写真で見たことがあるような風景.長春や大連の市街地で見た風景とのあまりのちがいに愕然とする.この国の農村というのはいったいどうなっているのか.あんなに食費が安いことのしわ寄せがこれなのではないか,と.
途中いくつかの駅に停車し,13:45に列車は哈尓浜駅に到着.伊藤博文が暗殺された駅である.S氏は伊藤と同じく長州人なのだが,先輩の姿は見えなかったらしい.哈尓浜駅もでかい.正直に告白すると,旧満州の東北三省ってもっと寒村ちっくな場所かと思ってました.なめててすみません.大連,長春,哈尓浜のいずれもかなり都会.それに思ったよりもずっと暖かい.冬は相当に寒くなるのかも知れないが,少なくとも9月の黒竜江省は十分に暖かい.まずは帰りの切符を確保すべく売り場へ.でかい電光掲示板に今日から3日間分の列車の空席の有無が表示してあるのだが,北行きも南行きもごちゃまぜで,どうにもこうにも読みにくい.どれが長春に行く列車なのかなかなか判然としなかったが,紙の時刻表を見てようやく理解し,なんとか列に並んでみる.割り込み防止用の鉄柵があるのは素晴らしい工夫.カメラをぶら下げてたせいか,前に並んでいた兵隊らしき少年の視線が気にかかる.順番が来たので,窓口にメモ紙を渡す.しかしすでに軟座はないという.無座(=立ち乗り)よりましなので硬座を購入.
駅舎を出て,とりあえず哈尓浜の旧大和ホテルであるところの龍門大厦へ.このホテルの旧館(=貴賓館)がかつて大和ホテルとして営業していたので,本館の正面玄関を迂回して裏へ回ることに.ちょっと裏に入っただけでだいぶ様子が変わるのが発展中の中国地方都市らしい.本館のちょうど裏側にホテルの庭があり,従業員らしき制服をきた10人程度の集団が「一,ニ,三!」と声を上げながら行進していた.研修? なにを? よくわからないがとりあえず貴賓館の入り口にたどり着く.中へ入ってみるとその様子に少し圧倒される.上品で重厚.でもエラぶった感じはない.いい感じ.入り口から見て左側にバーがありフロントは右側.さっそく部屋の有無を尋ねにフロントへ.かわいい感じの女の子(見た目もけっこう若い)がいた.たどたどしい中国語で「部屋はないか」と聞くとあるというので宿泊の手続きを始める.パスポートを提示し,外国人宿泊カードに記入する.ビザの種類を書く欄でトラブル.我々のパスポートをいくら探してもVISAが見あたらない.日本人の15日以内の中国への入国は2003年9月からVISAは必要ないことになったのだが,彼女はどうもそれを知らないらしい.困ったらしく,英語のできる男性服務員を呼んだ.しかしこの男性の英語力も単語レベルで,去年から日本人はVISAが要らなくなったんだよ,という難しい文章は理解しかねたようす.S氏のパスポートには米国滞在のためのVISAが貼り付けてあるのだが,これは期限も切れてるしそもそも中国とは何も関係ないのだが,なぜか彼らはそれを眺めてああだこうだと言っている.しばらくごちゃごちゃした後に,とりあえずVISAの件は了解したらしく,彼は立ち去った.その後ツインのスタンダードにしてくれとか,それがいくらなのかとか,お決まりの会話をしたのだが,彼女にはちょっと変わった癖があるらしく.困ってくると小声で歌を歌い始めるのだ.鼻歌よりも少し大きな声で.我々としてはちょっとした衝撃だったのだが,その様子がえらくかわいかったのでとりあえずOK.なんとか手続きが済み,ようやく部屋へ.まず部屋までの廊下の幅が広いことに驚く.かなり贅沢なつくり.暗い落ち着いた色合いが秀逸.部屋は決して広大というわけではないが,こざっぱりとして好感触.まずは荷物を置いて外出.
ロシア時代の建物が多く残っている中央大街へ向かうことに.途中,鉄道を越えるために大き目の橋を渡る.これもかなり古いもののようで装飾が渋い.ただし使われ方はかなり現代中国的なので,食い散らかしがあったり,エロDVD売りのおばちゃんがいたり.そのへんのアンバランスが中国なのだな,と.人民大街へ向かう途中「哈尓浜ビールは1900年に始まったのだ」みたいなビール樽のモニュメントが.そう,哈尓浜はビールの街.いろんなビールを飲むのが個人的には目的のひとつなので,人民大街で飲むビールには期待.とりあえずこの時点で長春での朝食以来なにも食べてないので,軽い食事を.経緯街沿いにあった馬蘭粒麺に.個人的にはかなりヒット.日本人の口にも合うのではないかと.ぜひ日本進出を.その後いよいよ中央大街へ.ちょっとしたおどろき.整然としている.中国じゃないみたい.ロシア風な建築物が石畳の通りの左右に連なっている.どうしてこの通りの先にシンデレラ城が建っていないのだろう,って思っちゃうくらい.建物もさることながら,いちばんの理由は自動車が乗り入れてないことだと思われる.おかげであの殺伐とした交通戦争がくりひろげられずにすんでいる.ぼちぼち歩いてみると,かなり海外ブランドの店が多い.米系はもちろん台湾系もある.そして,輸入商品の値段は日本と同じくらい.CONVERSEの靴は\5,000くらいからだった.\300でビール付きでおなかいっぱいご飯が食べられてしまう国で,\5,000の靴っていったいなんなのか,と思わずにいられないが,どうもこれがこの国の市民の経済であるらしい.内国産品(特に食料品)のバカ安と,輸入品のバカ高.食堂でご飯を食べる層と輸入品を買う層は明らかに異なっているのだろうと想像できる.きわめて明白な階級社会.中国って共産党支配ですよね? 共産党って共産主義なんですよね? と聞いてみたい.
それはおいといて,とりあえず歩いていくと発見.屋外ビアホール状態.屋台の食べ物とビール.素晴らしい組み合わせ.哈尓浜ビールはすでに昨夜飲んでいるので,まずは雪花ビールを飲んでみる(雪花は瀋陽の産で,アルコール度数3.4%).ジョッキが2元(ただし,ジョッキの保証料が5元).とんでもない安さ.そして爽快で飲みやすい.日本は青島以外の中国ビールの輸入についてもう少し真剣に考えた方がいいと思う昨今.とりあえず人民大街をさらに歩くとそこには防洪記念塔が.その先にある松花江のデカさを見ると,洪水に苦しめられていたというのも納得できる.雪解け水がすごいのかね.しかし,この川を越えるひとのためにロープウェーをかけちゃうってのがすごい.橋じゃなくて.ちょうど夕方になり,沈む日に照らされて川がかなりきれいに見えており,夕涼みのひとたちがたくさん座っている.そんなところでも商売を始めちゃうのが中国商人.なぜか射的屋やおもちゃ屋の露店が出ている.さすがと言えばさすがか.帰ろうとすると,脇に露店の商店街があることを発見.いろいろありそうなので,とりあえず見てみることに.入ってみると見事な混沌っぷり.いや,むしろ整然としているともいえる.安物の衣料品と屋台の食べ物,ニセブランド品とコピーCD,DVD,書籍.見事に中国.入ってみると市場は予想以上に広く,かなりの人手.ちょっと本を買ってとりあえず脱出.といってもけっこう時間はかかったのだが.あたりはすっかり暗くなり,そろそろ晩ご飯の時間となったが,そのまえにもう1度だけビールを飲みに.哈尓浜ビールのテラスに行くと黒ビールを発見.飲んでみると,これまで飲んだことのあるヨーロッパ系黒ビールとは明らかに違う味.黒なのにすっきり.
とりあえずビール欲を満足させたので本格的なご飯に.せっかくロシアの香り残る街である哈尓浜に来ているのでロシア系のものを食べるべく華梅西餐庁へ.たしかにロシア料理だし,まずいわけではないのだが,なにかを大幅に間違えてるような感じ.たてものも保存指定のいい感じのものなのに,テーブルやらなにやらの配置でかなり安っぽく見えちゃうし.もうちょっとなんとかならんものか.ちなみにこの店ではHAPIを飲みました.これまた美味.
その後,聖ソフィア教堂へ.行ってみてびっくり.まさにロシア.まごう事なきロシア様式教会.これが突然視界に現れる.その突然さと周囲とのコントラストに思わず笑ってしまう.だが,この建築物自体はかなりイカした感じ.夜の明かりなのでよけいにそう見えるのかも知れないが荘厳にも思える.
そろそろいい時間なので,いったんホテルに戻ることに.来るときに線路を越えるのにちょっと苦労したので,駅に通じる地下道があることを期待して別ルートを進んでみるがたいした益はなく,けっきょく車のびゅんびゅん走る道を越える羽目に.なぜなら夜は地下道が閉鎖されてしまうから.駅前の鉄路街を越えるのにはそれほどの苦労はなかったが,中山路を越えるのにはかなりの往生.ここは高速道路であろうかと思われるほどにすっ飛ばしている自動車ばかり.しかしこの道を無理矢理越える以外にはどう考えても向こう岸に渡るすべはなく,数分かけてようやく横断に成功.かなりげっそり.こんなことに命がけになろうとは.
宿について荷物を置いてみるとS氏が小腹がすいたので炒飯を食べたいと言い出す.しかし,二人の共通した意見として,中山路は越えたくない.龍門大厦のあるブロック付近で飲食店を探すが,紆余曲折を経てすでに深夜24時近く.開いている店は24時間営業のビール屋のみ.S氏はビールはもういらないんだがなあ,というがほかに選択肢もないのでしかたなく入る.しかし,その店は焼き物の店らしく,炒飯はおいていない.しかたなく,なんだかわからないメニューから,なんだかわからない食べ物を2品注文してみた.例によって,我々がテーブルに着いた瞬間に注文を取りに来るので忙しくてかなわない.こちとらどんな食べ物があるのかさっぱりわからないんすから.勘弁してくださいよ.こうして考えると日本のチェーン系居酒屋のメニューは写真が豊富に使ってあってほんとに素晴らしい.たしかにそういう意味では外国人の接待には向いてるかも.それはさておき,果たして我々の頼んだビールはなにかの植物で緑に色づけされており,食べ物はよくわからない千切り豆腐の酢和えものと匂いのきついピータンとなった.正直,敗北した.ビールはその色合いとはうってかわって問題なくおいしく飲めたのだが,いかんせんつまみの選択には失敗した.半分も食べずに音を上げた我々二人は,いそいそと部屋に戻るのだった.
こうして二日目の夜が更けた.
2004.09.22
中国上陸~長春
旅行好きの友人S氏に誘われて,中国東北部へ.仕事が忙しくなる前のぎりぎりのタイミングを見計らって,なんとかチケットを押さえることに成功.上司には内緒で22日から26日の6日間で大連,長春,哈尓浜の3カ所を動き回ることに.
昼過ぎの飛行機で成田を出発.中国南方航空のチケットを取ったのだけど,機体は中国北方航空でした.だけど,機材の到着が遅くて出発が30分ほど遅延.エアバス機A300-600はちょっとぼろ目の内装.机は留め具が堅いし,映画用スクリーン部分にはよくわからん絵がはめ込んであって使われない.まぁ,とりあえずちゃんと飛んだし,大きな文句はないんだけど.機内食は日本人客を意識したのか,日本食「的」.ごはんにウナギの蒲焼きをのせたもの,エビ,よくわからんカボチャの煮付け,昆布巻き等々.客室乗務員のお姉さんが,日本のスーパーで売ってるようなプラスチック容器入りの梅干しをもって巡回する.いくつ欲しいのか聞いて回るのだ.よくわからんサービス.「梅干しって中国でも標準的な『ご飯の友』なのかなあ」と思っていたが,後に中国国内ではいちどもお目にかからなかったし,帰りの機内でもやっていたので,どうやらこれは中国では「日本人は梅干し好き」と思われているということのようだ.しかし,ウナギと梅干しはいちおう食べ合わせが悪いことになっているのですが.デザートはタピオカと桃.タピオカがなんだかわからないペーストで半分固められていて,あまりおいしくない.そういえば昭和40~50年代あたりに「21世紀はこうなる」って感じの子供向けの本で「21世紀は食べ物は宇宙食のようなものになる」って書いてあったような気がする.そんな感じ.
とりあえずつつがなく大連の周水子国際空港に到着.タラップを降りるとバスが待っていたので,少しだけ乗って建物まで.このくらいの距離なら歩かせてくれても良さそうなものなんだけど.滑走路の脇はなんかおしゃれげな感じの住宅が整然と並んでいる.入国審査も全く問題なし.入国目的や日数さえ聞かれない.まぁ入国カードに書いてあるからなんだけど.とりあえず,この時点でその日の晩(どころか今回の旅行全日程)の宿を予約していなかったので,大連の空港からこの日の最終目的地である長春の春誼賓館に電話してみるも,どうにもつながらない.IC電話の使い方がまちがっていたのかと思ったけれども,どうもそういう感じではなさそう.とりあえず,直接行けば何とかなるだろうという楽観主義のS氏のすすめに従って電話はあきらめてみることに.長春行きの国内便までだいぶと時間があるので,タクシーで市内へ移動.
空港を出てみると,タクシーがたくさん止まっている.北部では「出租車」というらしい.おじさんが声をかけてくる.タクシーの仁義がよくわからないし,白タクだったら断ることにして,いちおうついて行ってみる.ボられたらいやなので,あらかじめ中山広場までの値段を聞いてみると80元だという.1元=\15なので,日本のタクシーに比べたらだいぶ安い.でも,きっとボっているのだろうと思い負けろというと,70元だという.60元ではどうだと聞いてみたら「好」だと.そしたらおじさんは列の先頭に止まっているタクシーではなく,駐車場の奥の方に我々を連れて行く.ちょっと待ってろというので待っていると,列の中程のタクシーに話をつけたようで「中山広場まで.60元ね.」みたいなことを言っている.運転手はメーターを倒さずに走り始めた.まぁ初めての土地だし,回り道されて多めに金を取られるより,はじめから多めに払ってまっすぐ行ってもらう方がいいだろうと思い,とりあえず納得.乗ってみると,中国の道路交通事情とタクシーはとんでもないものであることが明らかに.とにかくよく警笛を鳴らす.なぜかというと,歩行者が信号も横断歩道もないところを横切るから.それから少しでも遅い車がいると抜きにかかる.幅寄せしたりされたりは日常茶飯事.まじで怖い.ジェットコースターかと思った.
そんな状況に戦々恐々としつつも,タクシーは一路市内へ.車窓からは高層ビルがニョキニョキと林立しているのが見える.都会だとは聞いていたが,ここまでとは.空港から市内中心部まで20分ほどの間のかなりの部分に高層建築が.それもふつうのビルではない.なぜか知らないけど,色がすごかったり形がすごかったり.西新宿みたいな四角い高層ビルはきわめてまれ.それから,広場が多い.人民広場,オリンピック広場,友好広場,中山広場などといったけっこう大きな空間が市街地にどかんとおいてある.かと思うと,日本統治時代の建物もたくさんあったりして,かなりいろんなものが混淆している感じ.タクシーは無事に中山広場へ.とりあえず3日後の宿を予約しに,大連賓館へ.中山広場に面して建てられているこのホテルは,1910年に創業し,満州国の時代には「大和ホテル」として営業していた.そのときの建物がそのまま使われてるというのがおどろき.無事に3日後の2泊分が予約できたので,市内を歩いてみることに.とりあえずコーヒーでも飲むかと言うことで,てきとうに広場からの道を散策してみた.どうも道の選択を誤ったらしく,なかなかいいところがなく,結局なんかすごいちゃんとしたホテルのロビーの喫茶店に入ることに.あとからわかったのだが,このホテルは大連香格里拉大飯店(Dalian Shangrila Hotel)という5つ星の超高級ホテルでした.コーヒーが30元(=\450).日本のちょっとした喫茶店よりは安いので特に文句もなし.
そろそろ時間なので,空港に戻ることに.いいホテルなので,止まってるタクシーも品行方正だろうと信じ,今度は「空港まで」と行き先だけ告げてみる.すると,ちゃんとメーターも倒してまっすぐ空港まで.もちろんジェットコースター状態は変わらずだけど.ついてみると,料金は28元ほど.来たときの半分ほど.やっぱりボられていたが,差額が\500ほどなので,授業料だと思うことに.
長春行きの飛行機も30分ほど遅延.夜8時発の便なのですっかりまっくら.今度はMD-90.またしても中国北方航空.飛行時間1時間の短距離の国内線なので食事はでない.でも,おやつをくれた.米系の会社ならクラッカーかピーナツあたりが定番なのだけど,ここは中国北方航空.食べ物も中国式.さきイカでしたよ.「うみの珍味」と日本語で書いてある.まぁそれなりにうまいのだが,飲み物はふつうの選択肢を用意している.どう考えてもコーヒーやジュースとは合いそうにないので,茶をもらった.まぁそれなりに正解.そうこうしているうちに長春大房身空港に到着.MD-90は滑走路のど真ん中に到着.いや,ど真ん中じゃないんだろうけど,そんな印象.いちおうバスも来てたのだが,たいした距離じゃないのでみんな歩いて建物に入っていく.初めての体験.21時半というその日最後の到着便だからなんだろうな.
空港の建物を出ると,例によってタクシーの群れ.その辺のおっさんにガイドブックを見せながら「春誼賓館に行きたい」というと,なんかごちゃごちゃと言ってから「没有」と言う.え?ないの?つぶれたの? それで昼間は電話がかからなかったのか? おっさんはガイドブックでその下に書いてある長春国貿飯店を勧める.まぁもう夜も遅いし,初めての土地だし,ということでとりあえずおっさんの言うことに従ってみる.また「いくら?」と聞いてみると100元だという.とんでもなく高いので80元に負けさせる.大連よりも高いのだけど,ガイドブックにこっちのほうが空港と街との距離があるようなことが書いてあるし,疲れているのでまぁいいか,と.するとおっさん調子に乗って,途中でガソリンスタンドにお入りやがりに.それもけっこう走ってからないことに気づいたらしくてUターンして空港近くまで戻ってきて給油.固定料金にしたので,わざとの回り道じゃないだろうけど,アホかと.走り始めるとおっさんは携帯電話で話し始める.しばらくしてから,携帯電話で355という数字を見せて,これでいいか?と聞いてくる.どうやらホテルの値段らしい.そうかホテルに予約の電話を入れてくれたのね.まぁいいか,と思っていると,なんだか通常価格460元のところを俺の交渉で355元にさせたから,その分金をよこせ.全部で100元にしろ,とのたまう.負けろと言ったけど譲らないので,まぁ日本円で数百円の話なのでそれでいいことに.こちとら,もうお疲れなんですよ.するとおっさんはこりゃいい客をつかんだと思ったのか,明日の予定はどうなってるのだ,と聞いてくる.案内してやるぞと言ってるらしいが,こちらとしてはあんたみたいな人には案内して欲しくない,と思うし,そもそも哈尓浜に移動する予定なので,お断りしました.
ホテルに着くとおっさんがフロントデスクに我々を連れて行っていろいろ手引きしようとしてくれる.しかし,フロントのお姉ちゃんもわずかばかりの英語(単語レベルですが)ができるし,私も片言の中国語を覚えていったのでそれなりにコミュニケーションが取れている.おっさんとしてはここで恩を売りたいと思ったのか,100元は取りすぎだと思ったのか,なんか間に入りたそうにしてたけど,正味なところもう用済み.っつーか,料金表にしっかりと355元って書いてあるんですが.おっさん,ハッタリかますならもうちょっとうまくやってよ.でも,こっちもそうとうに面倒になってきてるので,100元渡してお取引願った.
ようやく部屋についてみたが,19階とあってなかなかに眺めがいい.人民広場も見える.19階なのに窓が開いちゃうところが中国らしいところか.この時点で23時近くになっていたが,とりあえず遅い晩ご飯を食べに街を歩いてみることに.天気予報で最低気温が10度近くになるようなことが書いてあったけれども,ポロシャツ1枚でぜんぜんOKでした.現地の人のほうが厚着っぽいかも.さて,ホテルの目の前にあるマクドナルド(麦当労)が閉店直前だったので,重慶路を散策してみることに.しかし,その前に車がすごいスピードで行き交う人民大街を歩いて越えなければならない.地下道は夜はしまっちゃうのである.まじっすか.かなり怖いよ.現地のひとがいたので,そのひとと同じタイミングで動いてなんとか渡りきった.恐ろしい交通事情ですな.
通りのほとんどの店はもう閉店.肉串屋くらいしか開いてなかったのだけど,どうもそういう気分ではなかったのでとりあえずパス.S氏はおいしそうに一串食べてたけど.道はタクシーで大混乱.交差点の真ん中でなぜだか何台ものタクシーが鉢合わせして,夜中なのに警笛ならしまくり.それを横目に通りをもう少し散策.KTVというやたらと派手な電飾看板の建物がある.どうやらカラオケ屋らしい.KTVというのはどうやらカラオケ屋を指す一般名詞のようだ.けっきょく,24時間営業の四川火鍋屋に入ることに.メニューを見て数秒のうちにもうなでしこJAPANの小林弥生そっくりの店員さん(高校生くらいの年齢に見える)が注文をとりに登場.いや,こちとらなにがなんだかまださっぱりわからないんですが.とりあえずビールを頼んでみる.哈尓浜ビール.長春の弥生ちゃんが多少おすすめを言ってくれるので,料理もそれなりに選択してなんとか注文完了.分量も調整してくれて助かった.食べてみるとこれが,けっこううまい.要は四川風しゃぶしゃぶ.スープの張ってある鍋に肉や野菜や麺状の豆腐を入れてから,たれにつけて食べる.たれはゴマベース.そこにちょっと香辛料を入れる.梅みたいななんだからよくわからないペーストを入れて混ぜた.ビールはアルコール度数低めで料理とよく合う.かなりいい感じ.満足.二人でおなかいっぱい食べてビール大瓶2本で38元.え?600円しないの?びっくりです.まじっすか.日本だったらビール1杯でこの値段だよ.そう考えると,あのタクシーのおっさんは相当に儲けたことになるし,ホテルのコーヒーはとんでもなく高かったことになる.東京でこのくらいの食事だとだいたい\4,000くらいか.すると,1元は\100くらいの価値があることになる.う~ん.すごいな.とりあえずこれから数日間,食事だけはいいものが食べられそうだ.
というわけで夜は更ける.明日は汽車で哈尓浜に行くのです.


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